トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

オバマケア代替法案の上院可決が難しい理由とは

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(コネチカット州のハートフォード病院。出所はWIKI画像)

 9月13日には、共和党のグラム上院議員(サウスカロライナ州)とカシディ上院議員(ルイジアナ州)がオバマケアを改廃する代替法案の内容を明かしました。これは、オバマケアを廃止し、代わりに各州に包括的な補助金を与え、医療費負担への支援の方法は州政府に決めてもらうプランです(州が補助金を受け取るためには、病歴保持者でも適切で安い医療保険に加入できる道筋を示す必要がある)。

 これに対して、リベラル派の上院議員は国民皆保険制度を提唱。

 無所属のバーニー・サンダース上院議員の提案に16人の民主党議員が乗り、メディケア(高齢者向け公的医療保険)の対象者を国民全てに広げる案を出しました(日本の国民皆保険制度に似た発想)。これは現行制度の1人当たりコストの高さや保険未加入者(2800万人)の多さを問題視した改革案です。

 ただ、このどちらも可決に至るほどの支持者を獲得できてはいないため、メディアでは、結局、現行制度の修正で話は終わるという観測が出されています。

 トランプ氏はグラム氏とカシディ氏の努力を称賛しながらも、9月8日のツィートでオバマケア代替法案よりも税制改革(減税法案)の成立を急ぐべきだと訴えています。

  • 「共和党の皆さん、残念だが、私はオバマケアの撤廃と代替について7年も聞いてきたが、それは実現しなかった。さらに悪いことに、上院のフィリバスターは、共和党が偉大な法案を成立させることを許さない」
  • 「8人の民主党議員が上院を支配している。60票を得る見込みはほとんどない。それ(オバマケア改廃の挑戦)は共和党の自殺願望だ」
  • 「共和党議員は税制改革(減税法案)の取り組みを急がなければならない。9月末まで待ってはならない。今こそ、いっそう、それが必要になっている。急げ!」

  ※トランプのツィート原文

  • Republicans, sorry, but I've been hearing about Repeal & Replace for 7 years, didn't happen! Even worse, the Senate Filibuster Rule will never allow the Republicans to pass even great legislation.
  • 8 Dems control - will rarely get 60 (vs. 51) votes. It is a Repub Death Wish! 
  • Republicans must start the Tax Reform/Tax Cut legislation ASAP. Don't wait until the end of September. Needed now more than ever. Hurry!

 いちばん注目されているのは減税法案ですが、共和党議員はまだオバマケア代替法案に意欲を示しているので、一応、トランプ政権のオバマケア代替法案を巡る攻防戦の行方を考えてみます。

オバマケア代替法案の上院可決が難しい理由

 アメリカの上院では特別な早期可決手続きを取らない場合、本会議で法案を可決するためには60票が必要です。

 理屈上は過半数でいけることになっているのですが、上院では議員が延々と何時間も演説を続けて議事進行を妨害できる(フィリバスター)ので、法案審議が「時間切れ」に追い込まれがちです。このフィリバスターを防ぐ措置を決めるために60票が必要なので、結局、法案成立に必要な議席数は「60」となります。

 しかし、予算決議の審議では、もともとフィリバスターを回避する財政調整措置が設けられているので、50票で議決を通すことができます(予算決議が何も決まらないと困るからです)。

 今の議会構成は共和党が52人、民主党が48人なので、あと8人の民主党議員を鞍替えさせなければ法案は通りません。トランプが8人の民主党議員が議会を支配していると言ったのは、この現状を指しています。

 トランプのツィッターは、この仕組みのためにオバマケア代替法案の成立は困難とみて、いち早く財政調整措置で税制改革(減税法案)を成立させようと訴えているのです。

「オバマケア廃止は最優先政策ではなかったのか」という批判もありますが、前回の医療保険制度改革(オバマケア)代替法案に関する決議では賛成43名、反対57名でした(9人の共和党議員が造反しているのが現状なので、実現可能性は減税法案のほうが高い)。

 議会を通して政策をなかなか実現できず、実行力が疑問視されるトランプ政権は、いちはやく「成果」を出そうと訴えました。

 トランプ氏は前回の失敗に学んだのか、今回は現実的に減税法案の実現を訴えたのですが、共和党の上院院内総務のジョン・コーニン議員は「50票+1票」で可決できると楽観視し、11日に法案を公にすることを明かしました。

 前回の上院ではトランプ大統領が連邦最高裁判事に指名したニール・ゴーサッチ氏の承認に関して、例外的に過半数で議決可能になるように院内規則を変更しました。米国では院内規則の変更で上院の過半数可決を可能にするのは「禁じ手」(少数派の意見封殺とみなされる)扱いになっているのですが、共和党はこれを用いて最高裁判事の承認を通しています。

 コーニン氏の見通しは、この種の措置を前提にしているのかもしれませんが、米国には中間選挙があるので、二度も三度も、この種の手段で政策実現を図ると、民意にそっぽを向かれる恐れがあります。

 その意味では、トランプ氏の主張のほうが合理性があるのかもしれません。 

オバマケア代替法案への再挑戦を共和党指導部が決断

 その後、9月20日(米国時間)に米共和党指導部は、前掲のグラム、カシディ氏(ともに共和党上院議員)が13日に公にした法案の採決に挑戦する意向を表明しました。

 トランプ大統領はこれに対して、以下のようにツィート。

  • 「上院議員のビル・カシディ医師は人々の健康に本当に配慮している一流の人物だ。彼はうそをつかずに、人々を助けようとしている」
  • 「 私はグラハム・カシディ法案に保険の既加入者への補償がなければ署名しない。だが、偉大な法案だ。(オバマケアを)代替し、廃止する」

 (原文)

  • Senator (Doctor) Bill Cassidy is a class act who really cares about people and their Health(care), he doesn't lie-just wants to help people!
  • I would not sign Graham-Cassidy if it did not include coverage of pre-existing conditions. It does! A great Bill. Repeal & Replace.

 この法案を上院で過半数で可決するための特例手続きは9月末までが期限なので、時間が間に合わず、前節で述べた60人を要する採決になってしまう可能性もあります。

オバマケア代替法案を巡る攻防戦の経緯

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(オバマケア制定前の医療保険無保険者の推移。出所はWIKI画像)

 

 医療費が高い米国では中低所得者の1/6が医療保険に未加入だったので、医療保険制度改革法(いわゆるオバマケア、2010年)では国民皆保険を目指しました。その主たる内容は以下の三点でした。

  1. 国民に保険加入を義務付ける(未加入は罰金)
  2. 大手企業等に対して従業員の保険加入を義務付ける
  3. 低所得者向けの公的医療保険の加入資格を広げ、保険料支払いが困難な低所得者に補助金を支給

 しかし、オバマケアのために政府と民間の負担が増えたので、新政権発足後、トランプ政権と共和党はこれを覆そうと試みます。

 まず、トランプ大統領は就任直後の1月20日にオバマケアの執行を止めるための大統領令を出しました。

 そこでは、議会でオバマケアが「廃止」されるまでの措置として、保健福祉長官と他省庁の関係者に向けて、法の規定の実施を放棄、延期、免除、執行猶予することで、オバマケアを法が許す範囲でストップさせたのです。

 開かれた自由なヘルスケア市場をつくることが大義名分になっていたわけですが、大統領には、それを具体化する権限がありません。

 米国は三権分立なので、トランプ氏にできるのはオバマケアの執行を止めることまでです。あとは、「吠える」ことしかできないわけです。

 そのため、オバマケアの廃止の戦場は「議会」に移ってゆきます。

 3月に提出を断念した共和党法案では、前掲の【1】と【2】の廃止を目指し、【3】に関しては補助金ではなく、年齢と収入に基づいた税額控除を定めました(もともとは収入に無関係な控除案だったが、年収75000ドル以上は対象外になった)。

 このうち、争点になったのは【3】です。ここに「控除」という形でオバマケアの路線が残っているので、「これではオバマケア廃止にならない」と反対する議員が出てきたのです(反対派の主力は保守議員団「フリーダム・コーカス」)。

 共和党内の穏健派は低所得層が医療保険を失うことを恐れ、保守派はオバマケア廃止に至らないことを懸念。支持者不足により、ライアン下院議長が取りまとめた折衷的な法案は撤回を余儀なくされました。

 従来の予定では、オバマケア代替案の採決の後に、減税の具体策の審議に進む予定でしたが、議会の壁にぶつかり、トランプ政権の信用に大きな傷がついたわけです。

 その後、共和党は法案を修正し、ガン等の病気を持つ人たちの保険料を補助するために5年間で80億ドルの拠出を行うことを定めました。この法案が4日に下院で可決され、7月には上院の審議で否決されるに至ったのです。

オバマケア代替法案の影響試算

 この代替案に関して、米議会予算局(CBO)は修正前の法案と修正後の法案に関して、それぞれの試算を出しています。

 修正前の法案に関しては、2026年までに保険未加入者が2400万人に増え、財政赤字が3370億ドル縮小すると見積もりました。

 そして、オバマケア代替法案が下院で可決されてから20日後(5月24日)に、修正後の法案の影響試算を発表しています。日経電子版(2017.5.25)によれば、その値は以下の通りです(「オバマケア改廃で無保険者が2300万人増 トランプ政権に逆風」)。

  • 2026年時点での無保険者数がオバマケア継続の場合よりも2300万人増える
  • 改廃法案が成立した場合の26年の無保険者数は5100万人。オバマケアを継続した場合は2800万人。
  • 試算は改廃法案に保険料を引き下げる効果があることを踏まえ、政府の財政負担が26年までの10年間で1190億ドル(約13.2兆円)減少するとした。

  修正後の法案では、無保険者の想定が100万人少なくなっており、財政負担の減額規模が3分の1程度になっています。当初は費用減が眼目だったはずなので、その効果はかなり薄くなっているとも言えます。

 その後、米議会予算局(CBO)は8月15日に出した報告書で、連邦政府が現行制度(医療保険制度改革法=オバマケア)の下で保険会社に支払う補助金を止めれば、2018年の個人向け保険市場では中間価格帯の保険料が20%上がるとの推計を公にしました(WSJ日本語版:2017/8/16)。

 諸々の試算を経た上で、共和党は現状の法案では上院通過は厳しいと見て別の法案をつくったわけです。

参考:オバマケア執行停止のための大統領令

 (出所:Executive Order Minimizing the Economic Burden of the Patient Protection and Affordable Care Act Pending Repeal | whitehouse.gov

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「廃止をめぐり係争中の『患者保護ならびに医療費負担適正化法』(※医療保険制度改革法のこと)の経済的負担を最小化する』

MINIMIZING THE ECONOMIC BURDEN OF THE PATIENT PROTECTION AND AFFORDABLE CARE ACT PENDING REPEAL

 

憲法と米国法が大統領である私に付与する権限に基づき、以下のように命じる。

By the authority vested in me as President by the Constitution and the laws of the United States of America, it is hereby ordered as follows:

1節

Section 1.

患者保護ならびに医療費負担適正化法(公法111-148)の迅速な廃止を目指すのは私の行政の方針である。

It is the policy of my Administration to seek the prompt repeal of the Patient Protection and Affordable Care Act (Public Law 111-148), as amended (the "Act").

その間に、行政部は法律が効率的に実施されていることを確認し、法律に沿って不当な経済上・規制上の負担を最小限に抑えるためにあらゆる行動を取ることが不可欠だ。(制度を)柔軟で管理しうる形に変え、より自由で開かれたヘルスケア市場を生み出すために。

In the meantime, pending such repeal, it is imperative for the executive branch to ensure that the law is being efficiently implemented, take all actions consistent with law to minimize the unwarranted economic and regulatory burdens of the Act, and prepare to afford the States more flexibility and control to create a more free and open healthcare market.

第二節

Sec. 2.

法律で認められている最大限の範囲内で、保健福祉長官と、同法に基づく権限と責任を持つ全ての行政部と機関の長は、なしうる全権限と裁量を用いる。それは、合衆国の費用への財政的な負担を(国民や企業に)強いる課税、罰金、法的負担を課す法律の条項について、法の規定の実施に関して、放棄、延期、免除、執行猶予を与えることだ。その対象は、個人や家庭、健康保険会社、患者、健康保険会社の顧客、医療機器、製品、医薬品の製造者である。

To the maximum extent permitted by law, the Secretary of Health and Human Services (Secretary) and the heads of all other executive departments and agencies (agencies) with authorities and responsibilities under the Act shall exercise all authority and discretion available to them to waive, defer, grant exemptions from, or delay the implementation of any provision or requirement of the Act that would impose a fiscal burden on any State or a cost, fee, tax, penalty, or regulatory burden on individuals, families, healthcare providers, health insurers, patients, recipients of healthcare services, purchasers of health insurance, or makers of medical devices, products, or medications.

第三節

Sec. 3.

法で認められる最大限の範囲で、保健福祉長官と関連する行政部と機関の長は、各州に対してより大きな柔軟性を発揮し、協力できる形で権限と裁量を行使し、医療プログラムを実施する。

To the maximum extent permitted by law, the Secretary and the heads of all other executive departments and agencies with authorities and responsibilities under the Act, shall exercise all authority and discretion available to them to provide greater flexibility to States and cooperate with them in implementing healthcare programs.

第四節

Sec.4.

法で認められる最大限の範囲で、医療または健康保険に関連する部門と機関の長は、医療サービスと健康保険の州間商取引において自由で開放的な市場の発展を奨励しなければならない。その目標は、患者と消費者のために最大限の選択肢を達成することである。

Sec. 4. To the maximum extent permitted by law, the head of each department or agency with responsibilities relating to healthcare or health insurance shall encourage the development of a free and open market in interstate commerce for the offering of healthcare services and health insurance, with the goal of achieving and preserving maximum options for patients and consumers.

第五節

Sec.5.

この命令に基づいて指令を実施する際には、通知と助言を経た上での規制の見直しが必要だ。各省庁の長は行政手続法と規制改正を検討・公布する際の他の適用法令を遵守しなければならない。

Sec. 5. To the extent that carrying out the directives in this order would require revision of regulations issued through notice-and-comment rulemaking, the heads of agencies shall comply with the Administrative Procedure Act and other applicable statutes in considering or promulgating such regulatory revisions.

第六節

Sec. 6.

(a)この命令は不公正と他の悪影響を及ぼさない。

(a) Nothing in this order shall be construed to impair or otherwise affect:

  (i)法律によって執行部門または代理人またはその頭に付与された権限

  (i) the authority granted by law to an executive department or agency, or the head thereof; or

(ii)予算、行政、立法案に関する予算管理局長の機能。

  (ii) the functions of the Director of the Office of Management and Budget relating to budgetary, administrative, or legislative proposals.

(b)この命令は、適用される法に沿って実施され、歳出の利用可能であることを条件とする。

  (b) This order shall be implemented consistent with applicable law and subject to the availability of appropriations.

(c)この命令は、米国とその各省庁、機関、官吏、公務員と他の人員に対して、法律上、判例上、強制する権利や利益を生み出すことを意図したものではない。

(c) This order is not intended to, and does not, create any right or benefit, substantive or procedural, enforceable at law or in equity by any party against the United States, its departments, agencies, or entities, its officers, employees, or agents, or any other person.

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