トランプ政権と日本・アジア 2017

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乙支フリーダムガーディアンとは 米韓軍事演習の歴史

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(出所はWIKI画像。U.S. Air Force photo by Tech. Sgt. Keith Brown)

  8月21日から毎年、定例の米韓合同演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」が始まります。

 グアムへのミサイル発射を検討し、米国の出方を見守るとした北朝鮮は「労働新聞」で「火に油を注ぐ」と反発しましたが、21日に演習が開始されました。

 定例の合同演習には3~4月に開催される「キーリゾルブ」「フォールイーグル」だけでなく、8~9月の「乙支フリーダムガーディアン」の両者があります。

 この演習に合わせて、空母カールビンソンとロナルドレーガン、米海軍のイージス艦10隻、原子力潜水艦3隻、戦闘機160機等が終結するとも言われています(『週刊現代 2017年9月2日』P44)。

 今回の演習参加者は韓国軍が5万人。米軍が17000人(昨年は25000人。約3000人が韓国外の施設から来る予定)。

 7500人少ないのは、北朝鮮を刺激しないためだという憶測も出ていますが、韓国軍関係者はその見方を否定しています。

 マティス国防長官は、これに関して「参加人数は演習目的によって決まるものだ。今年の演習は異なる要素の統合を目指す指揮系統の訓練を重視している」と述べ、合理的な理由で昨年よりも人員が要らなくなったとしています(時事ドットコム「人員縮小、北朝鮮とは無関係=米韓演習開始で-米国防長官」2017/8/20)

 21日以降の演習は、朝鮮有事を想定したコンピューターシミュレーション訓練が中心となります。その中には、北朝鮮による韓国への核攻撃への反撃やその兆候を捉えた場合の先制攻撃の手順等が含まれています。

 この図上演習に基づいて、来年3~4月のフォールイーグル(野外演習)やキーリゾルブ(有事を想定した米軍増派の演習)が行われるわけです。

 また、23日には韓国全土で、今年から初めて全国での民間防衛訓練を実施することになりました。これは北朝鮮からのミサイル攻撃や砲撃に対抗し、全国18000カ所の避難所(地下鉄駅やビル地下など)に移動する訓練を伴います(近年、韓国でも危機感が低下し、避難所を知らない民間人が増えているという)。

 この訓練には、国連軍として、オーストラリア、カナダ、コロンビア、デンマーク、ニュージーランド、オランダ、英国の7カ国が加わり、20日に訪韓したハリス米太平洋軍司令官も演習を視察します。

 ハリス司令官は宋永武(ソン・ヨンム)国防相と会談し、「北朝鮮のいかなる脅威からも韓国を守る米国の安保公約は変わらない」「北朝鮮のどんな挑発にも効果的に対応できる」と述べたと報じられています(毎日新聞「米韓軍事演習 21日開始 北朝鮮反発「情勢さらに悪化」2017/8/20) 

 2016年には8月の「乙支」演習期間中に北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイルを発射したこともあるため、この演習によって米朝関係の緊張が高まるのかどうかが注目されています。

 しかし、そもそも、この「乙支フリーダムガーディアン」とは何なのでしょうか。

「乙支フリーダムガーディアン」とは

〔※今回の記事は『軍事研究 2010年10月号』の「北朝鮮を抑止する米韓連合軍事演習」(藤井非三四)を参考にしています〕

 米韓軍事演習の歴史は、1968年に北朝鮮特殊部隊31名が韓国大統領府(青瓦台)を襲撃した事件をきっかけに始まりました。

 この事件で韓国側は大いに怒り、金日成の首を取りに行くと息巻きましたが、米国側がそれをなだめます。しかし、その後、日本海側の元山付近で米軍の情報収集艦が北朝鮮軍に拿捕されてしまいます。さらには、北朝鮮特殊部隊が米軍の警戒地域を抜けて大統領府を攻めてきたことも明らかになりました。

 韓国軍は米軍など頼りにならぬと思い、1968年に米軍の指揮が及ばない郷土予備軍を成立させます。

 韓国軍は朝鮮戦争以来、米軍の統制下に置かれていたのですが、この事件を契機に韓国は独自戦力を充実させていくわけです。

 当時、米軍は朴正煕大統領のもとで韓国軍が自らの力で北朝鮮への攻撃を開始するのではないかと恐れました。

 米軍は韓国軍が始めた戦いに巻き込まれたくありません。

 国際政治学では軍事同盟には「同盟のジレンマ」(同盟国が始めた戦争に巻き込まれる恐怖/強い同盟国に見捨てられる恐怖」がつきものだと考えますが、米軍は韓国軍の冒険に巻き込まれることを回避するために、米韓共同軍事演習を構想しました。

 韓国は68年に自国中心に「乙支」( 「ウルチ」:高麗軍の司令官にちなむ名前)演習を始めたのですが、これを米軍(名義は国連軍)とともに行うことにしたわけです。韓国軍を米軍の統制下におけば、米軍が韓国軍の戦争に巻き込まれるリスクが減るというわけです。

 1975年に、その名は、「乙支フォーカスレンズ」と改名され、毎年開催されることになります。

 「乙支」では、軍だけでなく、政府機関も含めて、戦時における指揮統制・作戦手順の演練を行います。

 これは指揮所演習(コマンドポストエクササイズ:CPX)と呼ばれる訓練で、中央政府と地方政府、陸軍・海軍・空軍の各部隊、民間企業の一部も参加して、韓国全体を守るためのシミュレーションを行うのです。

 これを見ると、朝鮮戦争という実戦を経て自国を守っただけはあって、韓国では、今の日本にはない防衛の枠組みが存在していることがわかります。わが国では、自衛隊が演習する枠組みはあっても、それと政府や民間機関(※インフラの運営等で民間企業も有事に関わらざるをえません。例:停電や断水の復旧等)がどう関わるかは、いまだ十分に練れていないのが現状だからです。

 この「乙支フォーカスレンズ」が2008年に「乙支フリーダムガーディアン」に改名されます。ここでは北朝鮮の攻撃から韓国を守るために韓国と米国の軍事演習が統合され、世界最大のコンピュータ化された指揮統制の訓練が行われます。

※国防総省HPには、以下のように説明されています。

「乙支フリーダムガーディアン」は即応体制を強化し、地域を守り、朝鮮半島の安定を維持するために設計されたコンピュータシミュレーションの防衛訓練である

Ulchi Freedom Guardian is a computer-simulated defensive exercise designed to enhance readiness, protect the region and maintain stability on the Korean Peninsula,

(出所:DoD Announces Start of Exercise Ulchi Freedom Guardian 2017/8/18)

「乙支フリーダムガーディアン」と「フォールイーグル」との違い

 さて、こうしてみると、3~4月に開催される「フォールイーグル」と、8~9月の「乙支フリーダムガーディアン」とでは何が違うのかが気になります。

 両者には訓練形態に違いがあります。

 「フォールイーグル」は野外訓練演習(フィールドトレーニングエキササイズ:FTX)なので、実働部隊が大規模に稼働します。

 米韓同盟の大規模な野外訓練演習(FTX)は1968年の「フォーカスレチナ」、1971年の「フリーダムボルト」を経て、1976年に「チームスピリット」という名で本格的に発足します。

 「チームスピリット」は、上陸作戦や内地での機動作戦、高速道路での航空機の非常離着陸、渡河訓練等を含み、米韓同盟の戦力を大規模に公開して北朝鮮を威嚇・抑止するための訓練でした。

 金正日の誕生日(2月16日)から金日成の誕生日(4月15日)にかけて米軍が数万人を空輸して大規模作戦を展開するという、なかなか刺激的な訓練が行われていたのです。

 しかし90年代前半に北朝鮮との緊張が深まった後、「平和的解決」を図るために、1994年以降、チームスピリットは断絶します。

 ただ、1961年以降、チームスピリットよりも小規模の部隊を動かす野外訓練演習(FTX)として、「フォールイーグル」が存在していました。これが94年のチームスピリットの断絶にともない、より強化・大規模化されて今日に至るわけです。98年に北朝鮮の潜水艇が見つかってからは、特殊部隊の掃討というミッションが強化されます。

 そのほか、米韓合同軍事演習には「キー・リゾルブ」がありますが、これは、米軍が日本や本国から朝鮮半島に戦力を追加し、現地に展開する時の指揮命令系統をシミュレーションする訓練だとされています。

 こうしてみると、90年代に安直に「話し合い」での解決を求め、チームスピリットをやめたツケが現在にたまってしまったとも言えそうです。

乙支フリーダムガーディアンの最中に北朝鮮が核実験(追記)

 北朝鮮は2016年9月9日に乙支フリーダムガーディアンの終了後に核実験を行いました。

 当時、気象庁では地震の規模はM5.3、震源の深さはゼロだと発表し、韓国国防省は核爆発の威力を過去最大規模の10キロトンと見繕っていました(北朝鮮側は核弾頭爆発実験に成功と発表)。

 時事通信(2017/9/3)によれば、北朝鮮の朝鮮中央テレビは9月3日にICBM搭載の水爆実験成功を発表。さらに、電子機器をストップさせる電磁パルス(EMP)攻撃もできる多機能弾頭を開発したとも述べました。中国地震局は、地震の規模はM6.3とし、震源の深さを昨年と同じく「ゼロ」と見なしています(「水爆弾頭化」誇示=ICBM開発で北朝鮮-電磁パルス攻撃に初言及

(電磁パルス攻撃というのは、高層大気圏で核爆発を起こし、電磁パルス(EMP)を用いて広い範囲で電力インフラや通信機器等を停止させる攻撃法です)

 日本政府は地震波の観測後、国家安全保障会議で「北朝鮮が6回目の核実験を実施した」と断定。河野外相が会議後、首相官邸で記者団に明かした発言が報道されています。

 日本政府は北京の外交ルートを通じ、北朝鮮に抗議しています。