トランプ政権と日本・アジア 2017

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【習近平VS共青団】北戴河会議前の権力闘争で孫政才が失脚

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(河北省の位置。出所はWIKI画像)

  中国共産党の指導者や長老たちが北戴河(河北省の海辺)に集まって開催する北戴河会議の開催が近づく夏に入り、ポスト習近平を狙った権力闘争が本格化しています。

 北戴河会議というのは、北京の暑さから逃れて、中国共産党の政治局常務委員7人と長老が顔を合わせ、避暑地の北戴河にて、指導部の人事や重要な議案の中身を決定する非公式の会議です(長老の中には胡錦濤氏や江沢民氏だけでなく、両氏政権の頃の幹部も含まれる)。

 これを踏まえて、中国では、5年に一度、開かれる本年秋の中国共産党第19回全国代表大会にて、習近平国家主席の後継者が決められるとも見られています。

(異変がなければ、2007年の北戴河会議で江沢民氏が胡錦涛氏の後継者として習近平氏を推薦したように、この会議で次の有力後継者が決まると見られている)

 最近の出来事では、ポスト習近平の有力候補の1人だった孫政才(重慶市党委員会書記)が失脚しました。

 53歳の孫氏は胡錦涛前国家主席も所属していた共青団(中国共産主義青年団)の有力指導者でしたが、北戴河会議を目前にして党規律の違反を理由にその地位を追われてしまいました。

(※中国共産主義青年団:中国共産党のエリート養成機関)

 7月25日付の人民日報(日本語版)は、重大な規律違反の疑いで、孫政才氏に関して、中共中央紀律検査委員会が立件し、調査することを決めたと報じています。

 こうした習氏の強硬路線に長老が反発する中、習政権は対インドや南シナ海等で強硬姿勢を敷き、1日には大規模軍事演習を行い、最高司令官としての権威と実力を示すことで長老らを牽制しようとしているとも言われています。

 今回は、7月末から2~3週間程度の期間で行われる北戴河会議前の中国の動きを追ってみます。

北戴河会議前の中国①:金融の規律強化へ 

 中国共産党は月に一回、中央政治局会議を開催しますが、7月の会合では、年後半の経済政策の運営を決めることになっています。中国では12月の中央経済工作会議で翌年の経済運営の方針を決めますが、7月の中央政治局会議で、方針の実施具合を見て軌道修正をするのです。

 そして、7月24日開催の共産党中央政治局会議では、中国の経済成長率は第一、第二四半期ともに前年同期比6.9%であることを踏まえ、以下の決定がなされたことが報じられています(「中国、金融の規律強化 共産党方針「ゾンビ企業」整理も」2017/7/24)

  • 金融の乱れを深く正し、金融監督の協調性を強め、実体経済への金融の貢献の効率性と水準を高める
  • 借金漬けだが倒産しない「ゾンビ企業」の処理を加速する
  • 経済成長率は通年目標「6.5%前後」を上回ったので、年前半の経済運営を「合理的な範囲に収まり、主な経済指標は予想を上回った」と評価
  • 年後半は「積極的な財政政策と穏健な金融政策を実施する」
  • 金融の規律強化:「影の銀行」の膨張などで「金融システムが脆弱」になったとの認識を踏まえ、会議は「金融システム危機を決して起こさせない」と強調した。 

北戴河会議前の中国②:共青団ホープ・孫政才が失脚

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(孫政才氏は重慶市で党委員会書記を務めた。重慶市は長江上流に位置し、東西470km、南北450kmにわたる広大な面積を持つ。中国の4つの直轄市で最大の面積を誇り、北海道島よりも広い「市」である)

 

 従来、中国には共産党のエリート養成機関である「共青団」と、特権的な地位を持つ共産党高級幹部の子弟等が集まった「太子党」があり、その権力闘争が続いていると言われてきました(胡錦涛の前任者である江沢民は「太子党」に近く、上海閥を形成していた)。

 習近平は「太子党」寄りで、その前任者の胡錦涛は「共青団」出身。ただ、習氏は主席となった後、「太子党」の実力者とも争っているので、独自の権力集団をつくろうとしているように見えます。

 最近、中国の共産党系の出版物では習近平総書記の政治的な主張を「習近平思想」と称して宣伝し始めていますが、中国では、指導者の名を冠した思想が党規約に盛られるのは毛沢東以来だとも言われています。習氏は毛沢東や鄧小平に匹敵する権力者となることを目指しているわけです。

 そうした権力闘争の一環として、孫政才(重慶市党委員会書記)は追い落とされました。孫政才は1963年生まれの共青団ホープであり、習近平の次の総書記に近いともいわれた人物です。

 この人が2012年11月に、習近平によって重慶市書記に選ばれました。

 当時、重慶は、太子党に属する薄熙来が市政を担い、「打黒」と称して反腐敗キャンペーンを行っていました。薄熙来は権力闘争に敗れ、失脚に至るわけですが、その後釜として「対策」を委ねられたのが孫政才です。習政権が薄氏の「遺毒」が残っていると孫氏率いる重慶市党委員会を批判したように、地元では薄熙来氏を支持する人々が多数、残っていたからです。

 薄熙来事件処理があまりにも多すぎ、孫政才は出世のために宣伝できる経済成長も民生改善も十分に実現ができず、14日の重慶市党幹部会議で解任されることになりました(同日に北京で開催された全国金融工作会議に出たところで拘束されている)。

 こうしてみると、重慶市は権力闘争の墓場と化しているとも言えそうです。

 孫政才の経歴は以下の通り。

 1963年9月に生まれ、1988年に入党。北京市農林科学院大学院を修了(農学博士)。その後、この大学院で科学院土肥所所長にまで出世。北京市農林科学院大学院での党支部書記、副院長、同科学院党委員会副書記等を歴任しました。

 さらに、中国共産党順義県委員会副書記に就任。順義県で県長にまで出世し、北京市でも区長、党委員会書記、北京市党委員会秘書長などを歴任しました。

 こうした過程を経て、孫氏は北京市政を担う賈慶林氏や温家宝首相(当時)に抜てきされ、農業相となりました。2009年11月に吉林省党委員会書記に任命され、2012年11月(49歳)の第18回党大会後の中央委員会で中央政治局委員となり、重慶市党委員会書記になったのです(政治局委員は25人おり、共産党の指導部を構成する)。

 今まで、習氏は現役引退後の周永康氏らを摘発しましたが、今回の孫政才摘発は、初めての現役幹部の摘発だとも言われています。

  その後、重慶市トップには、後任に陳敏爾・貴州省党委書記(56)が当てられました。陳氏は習近平が浙江省にいた頃の側近で、将来のリーダー候補とも目されています。

 最高指導部が入れ替わる秋の党大会を前にして、習氏が権力基盤を固めようとしているのです。

北戴河会議前の中国③:残された共青団ホープ・胡春華はどうなる

 そして、この一環として、次の標的にあたるのが同じく共青団ホープとみられる胡春華(広東省党委書記)です。

 産経BIZ(2017.7.25)では、胡氏が焦点になると述べていました(「重慶市前トップ失脚 次の焦点は胡春華氏 “唯一の後継候補”追い落としで任期延長も」)。 

 2012年秋の党大会では、共青団派と江沢民派の合意によって「習氏ら『第5世代』に続く『第6世代』の指導者候補として2人が政治局入りした」のですが、今回の孫氏追い落としで、習氏が次世代の指導者候補に刃を向けたからです。

 比較的、党派色が薄い孫政才とは違い、胡氏に関しては「共産主義青年団(共青団)派の長老である胡錦濤元国家主席が後ろ盾を務め」ているため、共青団の指導者候補は胡春華氏の独走状態となりました。

 一方、習氏が推す後継候補は前述の陳敏爾と見られているため、次の権力闘争は、胡春華VS陳敏爾だと見込まれているわけです。

 胡春華は1963年4月に生まれ、以下のような経歴をたどりました。

 北京大学を1983年に卒業後、共青団チベット自治区委員会組織部に勤め、2006年まで一貫してチベットで働いています(悪名高い中国共産党のチベット統治・・・)。チベット自治区にいたころ、胡錦濤がチベットを統治していたので、胡氏との深いつながりを持つようになりました。

 2008年4月に胡氏は河北省党委員会副書記に就任。その後、2009年1月に河北省省長になり、同年11月に内モンゴル自治区の党委員会書記に抜擢されました。

 高い経済成長率を刻み、2012年11月に49歳で中央政治局委員に選ばれ、広東省委書記に任命されました。

 共青団では中央書記処第一書記などを務めました。