トランプ政権と日本・アジア 2017

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劉暁波氏死去 各国首脳の反応と中国の逆ギレ

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劉暁波の釈放を求める垂幕。出所はWIKI画像

    中国の民主活動家である劉暁波氏が多臓器不全で死去しました。

   劉氏は共産党による一党独裁の廃止などを求め、2008年12月「08憲章」を起草。

 その後、「国家政権転覆扇動罪」に問われ、服役(懲役11年)したものの、2010年に獄中でノーベル賞を受賞しました。その後、末期ガンで瀋陽市にある中国医科大付属第一病院に入院し、61歳で死去したのです。

(※「08憲章」は共産党による政治、経済、社会の資源の独占を批判。憲法改正や司法の独立、普通選挙の実施等を求めました)

 2010年は、珍しく適切な人物にノーベル平和賞が与えられたのですが、その後、オバマ政権は、米中対話で人権問題に関して厳しく批判せず、宥和外交を続けていました。

  中国当局が、劉氏とその妻(劉霞氏)の国外治療の希望を拒んだ結果、”軟禁”にも似た状況で劉氏は死去したわけです。オバマ政権は「人権」を重視していたので、劉氏への後押しを期待する声もありましたが、オバマ氏は同じくノーベル平和賞をもらった劉氏にメッセージを送ることもありませんでした。

 各紙報道を見ると、やせた劉夫妻の痛々しい写真が掲載されていますが、劉氏軟禁から死去までの出来事はまるで、中国の暗部を象徴しているかのようです。

 今回は、この問題について考えてみます。

劉暁波氏ってどんな人?

 まずは、ざっと経歴を見てみます。

 劉氏は1955年、吉林省長春に生まれました。10代の頃は文化大革命期に下放(シャーファン)され、数年間ほど、家族と辺境の農村で過ごしていました。その後の学歴や主な出来事などは以下の通り。

  • 1982年:吉林大学文学部を卒業
  • 1984年:北京師範大学で文学修士号を取得
  • 1987年:同大学で文学博士号を取得。
  • 1988~89年:米コロンビア大の客員研究員等を歴任。
  • 1989年4月:天安門広場付近で学生運動が高まり、帰国。劉氏は天安門広場でのハンストにも参加。
  • 1989年6月:戒厳部隊が天安門広場を包囲。劉氏は部隊と交渉し、学生らを撤収させた。しかし、学生運動の黒幕として拘束される(罪状は「反革命宣伝扇動罪」

 その後、20年にわたって当局の監視を受けます。

 2008年12月に「08憲章」を起草し,2009年に懲役11年の判決を受けました。2010年10月、民主化運動が評価され、獄中にてノーベル平和賞を受賞。

 中国政府は「国法を犯した罪人」への授与に関して、ノルウェーのノーベル賞委員会を批判。国内では受賞決定のニュースを報じないように言論統制が図られています。

 劉氏の主張は、憲法を定め、人権を守り、権力を分立して暴政を抑止するという「立憲主義」にかなっているはずですが、なぜか、日本の平和主義者は中国の軍国主義に対抗する劉氏を大して支援しませんでした。

 当時は民主党政権でしたが、このあたりは実に不思議なところです。日本の安倍政権を盛んに批判しながらも、外国の軍国主義や人権抑圧への批判は大して行われていなかったからです。

劉暁波氏に対する各国の声明一覧

 産経ニュース(2017.7.14)では劉暁波氏に関して「世界各地で追悼…対中批判続々「妻、劉霞氏の解放と出国を」」と題した記事が公開されています。各国首脳は劉氏の死を悼みましたが、トランプ大統領だけが、習氏を称賛するなど、謎の反応を見せていたようです。

  • 蔡英文台湾総統:「劉氏に敵がいないのは、民主に敵がいないからだ」(劉氏のノーベル賞受賞メッセージ「私に敵はいない」を念頭に置いたもの)
  • 欧州連合(EU)トゥスク大統領/ユンケル欧州委員長:(劉氏解放を求めた要望を)「中国は聞き入れなかった」。劉氏遺族が「移動と通信の制限を廃し、中国を去ることを認めるよう求める」
  • ジョンソン英外相:「劉氏は外国での治療を認められるべきだった。間違っている」
  • ガブリエル独外相:「(劉氏の)がんはもっと早く診断されるべきではなかったのか。中国は速やかに回答する責任を負う」
  • ルドリアン仏外相「長期間の拘束にもかかわらず、劉氏は勇気を持って人権と言論の自由の擁護をやめなかった」「人権は仏外交の優先事項」
  • ティラーソン米国務長官:「中国に対して劉氏の妻を自宅軟禁から解放し、本人の希望通り中国からの出国を認めるよう求める」

 しかし、トランプ大統領は13日にパリでマクロン仏大統領と首脳会談後、共同記者会見しました。その席で中国の習近平主席を「偉大な指導者で才能にあふれた好人物だ」と称賛し、ホワイトハウスを通じて「トランプ大統領は(劉氏の死を)深く悲しんでいる」との声明を出しました。これは、トランプ氏が習氏をもちあげ、劉氏に関して公の場で何も発言しなかったことに批判が集中したためだと見られています(産経ニュース 2017.7.14 「【劉暁波氏死去】トランプ米大統領、訪仏会見で「偉大な好人物」と習近平氏を絶賛 劉暁波氏死去は無視 5時間後にわずか4行の追悼声明」)

劉暁波氏を容赦せず、逆ギレする中国当局

 欧州の国々は劉氏の最後の間際に、同氏の海外への解放を要望しましたが、中国当局は残虐なスタンスを崩しませんでした。これに関して、ニューズウィーク日本語版(2017/7/13)が批判的なコラムを掲載しています(辣椒「死の淵に立っても劉暁波を容赦しない「人でなし」共産党」)。

「刑務所に行く以前から、劉暁波には肝炎の病歴があった。しかし刑務所の極めて劣悪な住環境と飲食が彼の健康を害したのだろう。中国各地の劉暁波の健康に関心のあるネットユーザーが次から次へと劉暁波のいる病院に向かったが、腹立たしいことに末期癌であるにも関わらず、彼は依然としてお見舞いを受けるというまっとうな権利も享受できていない。共産党当局は彼のいる病院のフロアを封鎖。さらには病院の向かい側にあるホテルの病院方向の部屋に客を入れるのを禁止し、取材のため病院に入り込もうとしたアメリカの記者も殴り飛ばした」

  そして、中国は各国の批判に対して「内政干渉だ」と逆ギレしています。

 中国外務省の耿爽(グォンシュアン)副報道局長は、14日の定例記者会見で海外諸国首脳の発言に反発し、「法を犯した者は誰でも処罰を受けなければならない」(各国首脳の発言は)「内政干渉だ」「強烈な不満と断固たる反対を表明した」「無責任な批評や雑音は、国際社会を代表し得ない」等と述べています(読売オンライン 2017/7/14 中国、対応批判に「内政干渉だ」…劉暁波氏死去)

 ここまで中国が暴走してしまったのは、欧米諸国が人権問題の批判のトーンを弱めてきたことも一因なのかもしれません。

 北京オリンピック前から当局の締め付けが厳しくなり、習政権以降、人権弾圧は強化されました。ジャーナリストの高喩氏、人権弁護士の補志強氏らが逮捕され、その中で最も著名だったのが劉氏だったわけです。

 ある意味では、欧米の歴代政権が人権問題を脇に置いて、政治・経済関係を深めてきたことが裏目に出てきたとも言えますが、これは日本も同じです。

 〇中友好のツケが、中国国内の人権問題の放置としてたまり続けてきたのではないでしょうか。