トランプ政権と日本・アジア 2017

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電通女子社員の過労自殺問題 正式裁判へ そもそも日本の労災件数はどのくらい?

  

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(写真は新橋駅。出所はWIKI画像。※電通本社は東新橋にある)

  電通が女子新入社員(高橋まつりさん)に違法な残業を強いて過労自殺させたことに関して、東京簡易裁判所は、7月12日に電通を罰金刑(労働基準法違反罪)とする略式命令を不相当と判断しました。

 違法労働事件では略式起訴⇒簡易裁判所の略式命令で罰金となることが多いのですが、人命が失われたことの社会的影響を考慮し、公開の法廷で審理を行うべきだと判断したと推測されています。

 略式命令では刑が「100万円以下の罰金」等の軽罪の場合や当事者が起訴内容を争わない場合に、簡易裁判所が非公開の書面審理で罰金刑等を下します。もっと重い罰金刑にすべき理由や事実関係の解明等が必要な場合、簡易裁判所は、略式命令ではなく、正式な裁判を開くことができます。

 東京区検が7月5日に略式起訴した際の起訴状によれば、電通は過労自殺した高橋まつりさんら社員4人に月50時間の上限を超え、3時間30分から19時間23分多く時間外労働をさせました(期間は平成27年10~12月。電通本社の労使協定の上限を超過)。

 当時の上司ら本社幹部3人、各支社(中部、関西、京都)の幹部計3人が不起訴処分(起訴猶予)となりましたが、高橋さんの母は、電通が過去、何度も過労死を発生させたことを踏まえ、裁判所に「適切な判断」を求めています。

 電通は裁判所の判断に従うとしていますが、厚生労働省は電通を半年ほど同省発注の行事等の入札に参加できなくなるよう、指名を停止しました。経産省も1か月間の指名停止を行い、国交省も同様の措置を検討しています。

悲劇的な労災:電通女子社員の過労自殺問題

 電通の女子新入社員(高橋まつりさん)の過労自殺が起きたのは2015年12月25日なので、この自殺が16年9月に労災認定された後、電通は労働基準法違反の常態化が疑われ、10月には立入調査(東京本社、支社、子会社)が、11月には家宅捜査(本社と3支社)が行われました。

 そして、約1年後にあたる、2016年12月28日に高橋さんの上司にあたる幹部と、法人としての電通が書類送検されました。

 28日の夜に石井直社長(当時)は記者会見し、17年1月に引責辞任することを表明。取締役会で執行役員の処分も行われることを明かしました。その発言が毎日新聞(16/12/28)で報じられています(電通社長辞任「ご遺族と社会のみなさまに謝罪」会見要旨

「当社は人が財産、社員の働きが財産の企業です。ひとりひとりが当社の成長の原動力です。しかしそのことがともすれば業務の効率を高めるため、際限なく働く、そういう働き方を是とする風土、労働環境がありました。しかし人の時間は無限ではありません。われわれ電通は深い反省とともに、働き方すべてを見直したい」「内部調査の結果も反映させ、実効性については外部のモニタリング制を導入したいと考えています」

  その後、厚生労働省は12月26日に、社員に違法な長時間労働を強いている企業の社名公表を拡大する方針を明かしました(「月100時間超」で社名公表だった基準が「月80時間超」に変わる)。幾つかの事業所で過労による自殺や労災死が出た企業も社名が公表されようになったのです(是正指導や立入調査も強化の方針)。

日本の労災:請求件数、支給決定件数、死亡件数

 厚生労働省は6月30日に、労災の現況に関する調査のデータを公表しました(平成28年度「過労死等の労災補償状況」を公表)。その数値はどうなっているのでしょう。

 全体的には増加傾向にあり、運輸業・郵便業あたりから悲鳴が上がっているようにも見えます。クロネコヤマトのアマゾン引受け等も原因になっているのでしょうか。

(※()内の数字は前年度比の増数)

 ★脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況

  • 請求件数:825件(30件増)
  • 支給決定件数:260 件(9件増)
  • 死亡件数:107件(11件増)

 ★業種別(大分類)で見た請求件数

  • 「運輸業,郵便業」212件
  • 「卸売業,小売業」106件
  • 「製造業」101件

 ★業種別(大分類)で見た支給決定件数

  • 「運輸業,郵便業」97件
  • 「製造業」41件
  • 「卸売業,小売業」29件

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  ★精神障害に関する事案の労災補償状況

  • 請求件数:1,586件(71件増)
  • 自殺件数:198件(1件減)
  • 支給決定件数:498 件(26件増)

 ★業種別( 大分類)で見た請求件数

  • 「医療,福祉」302件
  • 「製造業」279件
  • 「卸売業,小売業」220件

 ★業種別( 大分類)で見た支給決定件数

  • 「製造業」91件
  • 「医療,福祉」80件
  • 「卸売業,小売業」57件 

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労災の背景:転職/退職しにくい日本社会

 この事件に関しては、電通がブラック企業だからだ。「鬼十則」がいけないんだ(※電通社員手帳では削除されるらしい)。企業文化がおかしい・・・などと、人によって見方は分かれます。

(「仕事は自ら『創る』べきで、与えられるべきでない」に始まる鬼十則は創造的な仕事をする指針として実業界で評価されてきましたが、その中の「5則:取り組んだら『放すな』殺されても放すな、目的完遂までは」というフレーズが今回の事例では注目されました。これは元来、戦後日本のビジネスマンの心意気であり、労基法違反を勧めるのは本来の主旨とは違います)

「そもそも休職や転職はできなかったのか」という疑問も頭に浮かびますが、日本社会では、大卒の場合は新卒で仕事が決まらないとあとで仕事を見つけにくく、新卒ですぐに辞めた人はこらえ性のない人と見られがちです。

 高橋さんが電通を退職したら、次の就職面接に行った時に「新卒で大手に就職したのに途中でやめた脱落者ではないか」という色眼鏡で見られる可能性が高く、退職の経緯をあれこれ話しても、面接官に信用される保証はありません。「言い訳をして上司のせいにしている」等と邪推されかねないわけです。

 そのため、筆者には、このやめにくい雇用慣行が自殺の遠因になったような気がしてなりません。

(そのほか、この事件で、相談相手がいないまま思い詰める人が出る職場の問題の深刻さを痛感させられました)

「自殺するぐらいならやめれば」と言っても、現実には、日本社会では会社をやめた後が面倒だからこそ、多くの会社員がいやいやながら長時間労働に耐えています。

 選択肢がなければ、嫌な長時間労働でも耐え忍ぶ以外にありません。

 若い人はまだ転職のチャンスが多いわけですが、よくよく考えてみると、中高年層で労災的な長時間労働を強いられている方のほうが悲惨です。40歳をすぎると、転職者として受け入れてもらえなくなるケースが多いからです。この場合に抜け道を探してみると、残された選択肢は個人で何か生計を立てる手段を手にするしかなさそうです。

 昨今、政府では働き方改革の一環として「副業解禁」の議論を進めていますが、その一環として、「副業」を始めるのも一計かもしれません。

労災から身を守る法:副業をどう考える?

 日本国憲法では「職業選択の自由」を認めているので、法学の分野では、副業は理由なく禁じられないと言われていますが、日本企業は長らく副業に否定的でした。

 毎日新聞(2016/11/25)では「続報真相 今なぜ「副業解禁」か 大手企業にも容認の動き」と題して、中小企業庁の2014年度の調査(大手~中小の4513社対象、回収率26%)を明かしています。

  • 「兼業・副業」を「推進している」:0%
  • 「兼業・副業」を「容認」:14・7%。
  • 「兼業・副業」は「不可」:85・3%

  一方、(日経朝刊1面:2016/10/31)はランサーズ「フリーランス実態調査」(2016年)のデータで副業者の増加ぶりを報じています。

  • 本業と別に副業を持つ人:416万人
  • 独立した個人の自由業:69万人
  • 複数企業の仕事に従事する人:269万人
  • 自営業者・個人事業主:310万人
  • 四種の累計は1064万人

 副業で生計が立つ年収を得るのはかなり難しいのですが(食いつなげるなら主業に近い)、「もうこの会社では限界だ。だが、次の雇用先もない」というのなら、頑張って副業の主業化にチャレンジするのも一計かもしれません。副業で予想外の成功を収め、個人事業主になれた人もいるからです。

 電通の例は悲惨ですが、もし、会社をやめても生きていく手段があれば、自殺するところまでは追い詰められずに済みます。

 その意味では、副業だけでなく、株式投資なども賢明に行えれば、身を助ける力になる可能性もあります(筆者はおおがかりな勝負よりは配当等で儲けるディフェンシブ投資を薦めますが・・・)。

 人によって置かれた環境は違うので、必ずしも「副業」が答えになるとは限りませんが、今後、昔ながらの会社勤めオンリーの労働慣行は変わっていくのではないでしょうか。