トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

教育無償化のメリット・デメリット

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(兵庫県小野市役所が巨大そろばんの下に合格祈願スポットを設立)

  2017年の都議選では各党が「教育無償化」を掲げ、その内容を競いました。

 自民党は「私立小・中学校の無償化」を提唱。

 小池都知事のもとで、東京都は2017年1月に年収760万円以下の家計を対象に、私学の実質無償化を打ち出しました。都民ファーストの会と公明党は、都議選でこれを910万円未満にまで広げることを公約しています。

 そして、共産党と民進党も教育無償化を提唱し、公明党とともに議会活動での「自党の功績」として宣伝。これに対して、公明党が共産党を「実績横取りだ」と批判しています。

 日本の教育費の平均は1000万円程度かかるとも言われているので、これは家計にかかわる大きな問題です。

(参考:「教育費、高3夏までに500万円ためて 出産後から準備|日経スタイル」では「幼稚園から高校までの「学習費」の総額は全て高校の場合は523万円。国公大の受験費用や授業料等の総額は約485万円。両者を足すと1008万円。全て私立の場合は、大学が文系だと2465万円、理系だと2650万円)

 そのため、今回は教育無償化について考えてみます。

教育無償化に自民党が転換した理由

 教育無償化に関しては、5月に安倍首相が憲法改正案の中に含めることを提言して以来、にわかに関心が高まってきました。

 安倍首相の発言は、憲法改正案に「教育無償化」を掲げた「おおさか維新の会」を取り込むための戦略だと見られています。

〔※おおさか維新の会は試案の中で、義務教育無償化の拡充(「法律に定める学校における教育」はすべて「公の性質」を有するとして幼児教育から高等教育までを無償化)と教育を受ける権利の尊重(経済的理由でその機会を奪われないこと)を掲げた〕

 この頃、安倍首相は、「世代を超えた貧困の連鎖を断ち切り、家庭の経済事情にかかわらず、子どもたちが夢に向かって頑張ることができる日本でありたい」とも述べていましたし、政府の「骨太の方針」でも幼児教育と保育の早期無償化、高等教育の改革等が盛り込まれました。

 民主党政権の頃に高校無償化に反対した自民党は、ここにきて大きく様変わりしたわけです。

 従来、保守層は「子供は家庭で育てるもの」と訴え、社会民主主義勢力が訴えてきた「子供は社会で育てるもの」という考え方に反対してきました。しかし、21世紀の日本政界では、自民党や日本維新の会も逆の路線を訴え、大衆の票を求めるようになってきています。

 経済学的には、お年寄りに年金や医療保険を拠出するよりは、子供のためにお金を使ったほうが投資効果が高いという見方もあるので、今の自民党の政策判断の根拠は「思想」から「経済学」に移りつつあるのかもしれません。

教育無償化の制約要因:財源

 しかし、この政策の一番の課題は「財源」です。

 東京都は日本の地方自治体の中で最も豊かな地方自治体なので、無償化も可能ですが、他の都道府県が同じようにいくとは限りません。

 日本全国だと、財源問題はどうなるのでしょうか。 

 ニューズウィーク日本語版(2017/3/14「自民特命チーム、教育無償化に教育国債有力視5-10兆円案も」)には、文部科学省が資産した幼児教育から大学まで授業料無償化に必要な年間予算額が書かれています。

  • 幼児教育:7000億円
  • 私立小中学校分:数百億円
  • 高校:3000億円
  • 大学:3.1兆円

 巷で言われる「無料」の仕組みは、政府が就学支援金を出すことで、保護者の授業料負担を「ゼロ」にすることです。その金額は年額11万8800円以内(国公立高)とも23万7600円(私立校で年収500万円以下の世帯の場合)とも言われています。

 安倍政権は「教育無償化」の一環として2018年度には、返済の要らない給付型奨学金をつくる予定(月3万円程度を支給)です。自民党は野党時代に民主党の子ども手当をバラマキだと批判していましたが、似たようなことを始めました(筆者には「手当」が「奨学金」に替わっただけのような気がしてなりません)。

 結局、お金がかかるので、自民党には下村博文氏等が提唱する「教育国債」の発行や、小泉進次郎氏が提唱する「こども保険」等で賄う案があります。前者は国債、後者は社会保険料の引き上げですが、どちらにしても、お金がかかるのは同じです(国債の場合は一般会計、こども保険の場合は特別会計にカウントされる)。 

 大学授業料を教育国債で肩代わりすることに関しては「将来世代にツケを回す」「投資に見合う効果があるとは思えない」等の批判が出ました。そのため、学生が「出世払い」する制度設計等も検討されています。

 また、企業と従業員が折半で払う「こども保険」にしたとしても、企業が負担する分が給料減額につながる可能性が高いので、結局、国民一人一人が負担する金額は大差はないでしょう。

 いずれにせよ、無償化と言っても、それを実現すれば、代価としての国民負担が発生することは避けられません。

(※小泉進次郎氏は「こども保険」構想について「消費税増税に逃げないでもらいたい」「消費税は10%になる予定ですが、10%増税分のうち子育て財源7000億円はほぼ使い切っています」「『10%+α』の議論をしなければ新しい少子化対策はできない」「社会保険には子供向けがない。だから0.1%でもいいから上乗せさせてもらいたい」と発言(2017/5/9:産経5面)。

教育無償化のメリットとデメリット

 教育無償化のメリットは収入の多寡にかかわらず、どの人も同じ教育のチャンスが与えられることだと言われています。また、他のメリットとして、教育費低減が少子高齢化対策につながることや、高齢者よりも若年層へのほうが投資効果が高いことなどが挙げられています。

 教育費が高い日本で格差是正を図る政策の一つとして、注目が集まっているわけです。

 しかし、よく考えてみれば、日本の教育費が高くなる要因として、日本の公立校が受験指導能力を失い、子供たちが塾通いを余儀なくされていることは無視できません。

「公立校の学力向上を抜きにして、お金を配ることで格差是正を図る」という考え方は、問題の根本解決をなおざりにしています。もともと、選挙対策が色濃い政策なので、公教育関係者の票を失わないために、そこには手をつけないことになっているのではないでしょうか。

 無償化になれば当然、高校でも大学でも入学者は増えます。入学者が増えれば学校の収入が増えます。教育レベルが低く、競争の中ではつぶれる学校でも生き延びられるところが出てきます。

 無償化というのは、裏を返せば国の経費を使って入学者を増やし、学費を負担することで、本来、市場から退出するはずの学校の経営を助けることでもあります。

 受益者側から見れば、学ぶ意欲がない学生が「タダだから」という理由で進学するという問題もあります。

 その結果、「無償化」された学校の教育レベルが下がる危険性が懸念されるわけです。

 そのため、今後、教育政策を見る上では、各党の中で、公教育の学力再建策を持っている政党はどこかを注視しなければなりません。

 教育無償化に関しては、これ以外にも懸念材料があります。

 その一つは、補助金行政にともない、私学教育への政府の口出しが強まる危険性です。日本の教育行政は、大学設置認可のように、「金を出す時は口も出す」というやり方になっているからです。

 私立の学校は、自由な教育を行うためにあります。

 しかし、この私学の自由が、政府からの口出しで形骸化する可能性があります。

 教育無償化に関しては、教育の機会均等や格差是正というメリットの反面、国の教育負担の増加、教育の質の下落、私学の自由の喪失などの危険性が伴っています。

 何事もよいことづくめということはありえません。

 今回の都議選で、教育無償化に弾みがつくのは確実ですが、それが日本の教育再生につながるかどうかを、しっかりと考えなければいけないでしょう。