トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

安倍VS翁長のバトルが「沖縄全戦没者追悼式」で再燃

f:id:minamiblog:20170624074055j:plain(出所はWIKIパブリックドメイン画像。沖縄の米兵)

  安倍首相は23日に沖縄県糸満市で開催された「沖縄全戦没者追悼式」に出席しました。

 その後、「沖縄の基地負担軽減は政府の責務だ。普天間基地の1日も早い全面返還を実現する」と述べ、沖縄県の翁長雄志知事が「私たちとは思いが違う」と反発したこと等が各紙で報じられています。

  産経ニュース(2017.6.23)によれば例年通り、追悼式の近辺では、慰霊とはかけ離れた騒動が続いていたようです(「今年も慰霊とはかけ離れた光景が繰り広げられた… 沖縄全戦没者追悼式に飛び交う怒声」)

「安倍は帰れ!」「辺野古新基地NO」「すべての米軍基地を撤去せよ」等と60名ほどの反基地活動家が集まり、会場近辺で叫んでいたことが報じられています。

  この経緯を振り返ると、2016年12月20日に、普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐる行政訴訟が最高裁で政府側の勝利に終わりました。翁長知事が辺野古での埋立て承認を取消したことを違法と見なされたのです(読売新聞「辺野古訴訟で国の勝訴確定…移設工事作業着手へ」2016年12月20日 )。

  1. 施設面積が大幅に縮小される
  2. 航空機が住宅地の上を飛行することが回避される
  3. 環境保全措置が講じられている――などの点を考慮して承認を行っていると指摘。「妥当性を欠く事情はなく、違法・不当な点があるとはいえない」として、承認取り消しは違法と結論付けた。 

 国の是正指示に翁長氏が従わなかったことを「不作為」という理由で違法と見なしました。

 もつれていた普天間飛行場の移設問題に結論が出、翁長知事は判決には従いましたが、辺野古移設に際して(1)設計変更(2)サンゴ移植(3)岩礁破砕の三点に関して対抗する意向でした。

 この三つは知事権限の認可が必要なので、許可や承認を拒否し、作業が遅らせ、実現を阻止しようとしていたのです(産経2面:2016/12/21)。

 その後、3月16日に翁長知事は防衛省が沖縄県に岩礁破砕許可の更新を申請しない方針を出したことを批判し、「4月以降に無許可の岩礁破砕行為が行われた場合、工事差し止め訴訟の検討を含め、あらゆる法的手段を駆使する」と述べました。

 すでに名護市辺野古沿岸部での埋め立て工事は始まっていますが、最近のニュースでは、翁長氏が7月中に移設工事の差し止めを求める訴訟を起こす方針を示したことも報じられています。 

 今回は、このわかりにくい沖縄問題の経緯を整理してみます。

安倍政権VS翁長知事のバトルの経緯

  経緯が長いので、幾つかの時期を区切って振り返ってみます。 

仲井眞前知事の任期の終わり頃に辺野古移設が承認される

 旧自民党政権の時代に、普天間飛行場の周辺には市街地があるので、この基地を名護市辺野古沖に移転することで日米は合意していました。

 ところが、09年に民主党への政権交代が行われ、普天間飛行場の「県外移設」が煽り立てられ、結局、他に有効な候補地が見つからず、鳩山首相は辞任。その後、この問題は進展しませんでした。

 そうしたご時世の中、2010年の県知事選で仲井眞弘多前知事は「県外移設」を訴えて当選していたのですが、同知事は自公政権への政権交代に合わせたのか、2013年12月に仲井眞前知事は普天間飛行場を名護市辺野古に移設することを承認します。

 任期が残り1年ほどになった頃に政策変更が行われ、沖縄のマスコミは公約違反を徹底的に批判しました。 

新知事当選後、翁長VS安倍のバトル開始

 2014年11月の沖縄知事選では、仲井眞陣営で選対委員長をしていた翁長雄志氏が「県外移設」を訴えて当選。

 その後、翁長知事は辺野古移設をストップさせます。

 2015年7月に有識者会議が前知事の辺野古埋立て承認に瑕疵(※問題点があることを意味する法律用語)ありと報告し、9月以降に国対県のバトルが始まるわけです。

  • 9月12日:辺野古沖で移設作業再開
  • 10月13日:翁長知事が辺野古埋立て工事の承認を取消し
  • 10月13日:菅官房長官は瑕疵なしと反論

 この時、沖縄側は、公有水面埋立法を根拠に前知事が進めた辺野古の埋立承認は。自然環境破壊と騒音被害、基地負担の固定化、環境保全措置も不十分だと主張しました。

 これに政府は二つの措置で対抗しています。

  1. 防衛省が県知事の取消処分の効力停止を国土交通相に申し立て
  2. 代執行:政府が国交相に知事の代わりに事務手続きを行わせる(知事に代わって取消処分を撤回)。

 その後、沖縄県は11月に取消処分の効力停止を不服とし、第三者機関の「国地方係争処理委員会」に審査を申し出、12月に却下されます。

16年3月に参院選をにらみ、安倍首相と翁長知事が一時休戦

 その後、国対県の訴訟合戦が始まります。

  • 15年11月:国交省は前掲の代執行訴訟を起こします(高等裁判所)。
  • 15年12月:沖縄県が国交省の執行停止を違法として那覇地裁に提訴。
  • 16年2月:国地方係争処理委員会の却下に関して福岡高裁で訴訟。

 沖縄県側の要望は認められなかったのですが、代執行訴訟で福岡高裁那覇支部が和解案を出し、3月4日に国と県の間でひとまず和解が成立し、裁判の取り下げや工事の中止がなされました。国がこれを受入れたのは16年参院選の選挙対策です(自民党は沖縄では厳しい情勢が続いていました)。

最高裁判決後、安倍首相VS翁長知事のバトルが再燃

 和解後、国が3月に出した取消し撤回の是正指示に翁長知事は従わなかったので、7月に国が沖縄県を提訴し、訴訟合戦が再開されました。そして、16年12月に最高裁で国側が勝利したわけです。

 その後、17年にも政治劇が続き、なかなか辺野古移設騒動は終わりません。 

安倍政権と相容れない翁長知事の立場

 翁長知事は、「もともと私たちは基地そのものに反対している」とも述べています。

 過去、自民党の石破茂氏が「辺野古には将来、自衛隊による海兵隊をつくったらどうかと思っているんですよ。それは沖縄の若者で百パーセント編成をする。そうすると日米地位協定の問題もなくなり、沖縄の人たちは喜んでくれるんじゃないでしょうか」と述べた時、翁氏は基地そのものに対する反対の意向を示したのです(産経ironna「トランプ政権に媚売る翁長知事と沖縄メディアの思惑」仲新城誠(八重山日報編集長))

 このあたりは、安倍政権と沖縄知事とで、完全に意見が食い違っています。

 反基地闘争をしている人たちは、辺野古問題を題材にしてトランプ氏に日本への不信を煽れば、米軍基地引き上げなどを決めてくれるかもしれない、という思惑もあったようです。

 ただ、その可能性は、2月のマティス国防長官訪日と安倍・トランプ会談で相当、薄まりました。

 現在も「自分たちの沖縄を取り戻すんだ」という趣旨で「米軍出ていけ!」と叫んでいる方がいらっしゃるわけですが、残念なのは、その代表である県知事に自衛の思想がないことです。

 自衛隊はありますが、創設から60年以上経っても、実戦は一度も経験していません。そして、財政上も、戦える弾薬やミサイルの数まで厳しく制約されています。今、国の予算策定が本格化していますが、実際に財務省と接した元防衛関係者によれば、財務省は撃った弾には外れがたくさん出ることを考慮してくれないのだそうです。その結果、予備が無いために継戦能力が失われているという話を、筆者は実際に聞いたことがあります。

 そして、中国は先制攻撃用のミサイルを数百発の単位で持っていますが、日本は平和憲法でその種の兵器の保有を禁じられています。

 現実には、米軍がいなくなった後の「抑止力」を今の自衛隊がすぐに代替できるわけでもありません。

 本年も中国公船や漁船が尖閣諸島近海をうろついていますが、中国軍に対して米軍以上の抑止力を持つ部隊はないわけです。

 中国海軍への対策やトランプ新政権との円滑な信頼構築を考えた時、沖縄と本土の安全保障のためにも、もはや辺野古移設の問題は終わらせざるをえません。

 90年代のフィリピンが米軍を追い払った後に島を取られてしまった時と似た状況に今の日本が置かれていることを、忘れていはいけないでしょう。