トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

トランプのサウジ訪問 12兆円の巨額兵器売却に合意 初外遊後の中東はどうなる?

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(アラビア半島の衛星画像。出所はWIKI画像)

 トランプ大統領が初外遊を行い、まずはサウジアラビアを訪問しました。

 ABCニュースがマクマスター大統領補佐官の発言をもとに明かした日程は以下の通りです(出所:President Trump's schedule for his first foreign trip - ABC News)

  • 5月20日:サウジアラビア訪問。サルマン王とムハンマド副皇太子と会談。
  • 5月21日:湾岸協力会議に参加。50以上のイスラム国家が参加する会議にも参加し、演説。
  • 5月22日:イスラエル訪問。ネタニヤフ首相と会談。
  • 5月23日:パレスチナ自治区を訪問。マフムード・アッバース代表と会談/「嘆きの壁」を訪問。
  • 5月24日:バチカン市国を訪問。ローマ教皇と会談。
  • 5月25日:ベルギーを訪問。国王とシャルル・ミシェル首相と会談/欧州理事会議長と会談。マクロン仏大統領とも会談。ベルリンの壁(の跡)を訪問。ここでマティス国防長官もイタリアへの旅に合流。
  • 5月26日:G7サミット(シチリア)に参加。イタリアのジェンティローニ首相と会談。
  • 5月27日:米国に帰国 

初外遊に選ばれた中東と欧州

 初外遊では、三大宗教と中東・欧州に焦点が当てられています。

 イスラム国家の中の新米国であるサウジアラビアを訪問。そして、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地であるエルサレムを訪問。さらには、ヴァチカン市国でカトリックを代表するローマ教皇と会談。米国の主流はプロテスタントなので、ここにはカトリック諸国(フランスやイタリア、スペイン等)への配慮も含まれていると思われます。日本人は戦後、宗教に否定的な人が増えましたが、米国では9割以上の人が神を信じているので(※建前を含めた返答ではありますが)、米大統領には信仰者としての立ち振る舞いが求められるわけです(トランプ氏の支持層の中にはキリスト教の保守層も入っている)。

 このあたりは、日本と米国の政治文化の違いでもありますし、欧州と中東の政治においては「宗教」が重要だとも言えるでしょう。イスラム教とキリスト教との複雑な関係を無視できないからです。

 「過激主義との戦いは西洋対イスラム教の戦いではない」というトランプ氏の主張がイスラム国家に説得力を持つのかどうか。また、トランプ氏がロシアに流したとされるイスラエルからの機密情報の問題がどう扱われるのかが注目されています。

 そして、欧州ではEUの理事会議長と会談。このあたりで過去にヨーロッパで米軍とNATOの軍勢を率いていたマティス国防長官が参加し、トランプ氏をナビゲートするようです。欧州に詳しいマティス氏のアドバイスを得て、失言などを防ぎたいのだろうと思います。外遊の終わりごろに集中力の途切れたトランプ氏が失言し、外交問題になったら困るからです。

 初顔合わせになるマクロン氏とトランプ氏の会談で何が話題に上るのかも興味深いところです。

サウジアラビア訪問の成果は?

 三大宗教の中心地を訪問する初外遊は、ウォーターゲート事件が起きた1974年のニクソン中東訪問(スキャンダルからの逃避外遊)になぞらえられるなど、米マスコミは悪口を並べています。

 トランプ大統領はあまり外遊が好きではないらしく、ニューズウィークには「コカコーラとファストフードをこよなく愛する大食漢のトランプは、訪問先の中東やヨーロッパで食べ物に困るだろう」と皮肉られています。

 米国の食生活になじんでいるので、外国の食べ物が口に合わないらしいのです。

 とはいえ、米国大統領がサウジアラビアやイスラエルを訪問する意義は大きいことは間違いありません。 

 それは、イスラエルに冷淡で、イラン核合意に力を注いだオバマ外交からの大幅転換を意味しています。これは伝統的な同盟国である、イスラエルとサウジアラビアを重視するという意思表示です。

 一方、サルマン国王は、イスラム諸国から50人以上のリーダーを集めてトランプ氏と会談するのは、サウジアラビアがイスラムの盟主であり、IS対抗の主軸であること訴えようとしています。

 そして、サルマン副皇太子は国防相を兼ねているので、米軍の再招致を狙っているともいわれています。2003年に米軍はサウジの軍事基地から撤退したのですが、今後、米軍が返ってくれば、イランやイランの支援を受けたイエメンの武装組織「フーシ派」への強力な威嚇となるからです。

 結局、5月20日のトランプ氏の訪問では、米国から1100億ドル(約12兆円)もの巨額の兵器売却がなされることが決まりました。日本の防衛予算の2倍以上なので、相当な規模の取引です。

 イランの攻撃に備えたミサイル防衛システム、艦艇等が含まれており、今後10年間では何と3500億ドル(今の為替で約39兆円相当)もの巨額の取引を約束しました。10年という単位だと、米国で政権交代した時に続かない可能性があるため、前倒しで巨額の売却が行われることになったのでしょう。

 サウジアラビア国民の反応は、日本からは分かり難いのですが、毎日新聞社(2017/5/21)は「トランプ氏訪問、歓迎と不信感 入国禁止令が影」と題した記事を公開し、同国民のトランプ氏に対する感情を報じています。

  • 「トランプ氏のサウジ訪問は非常に歓迎すべきことだ」
  • (シリアへの)「あの一撃で、中東情勢を重くみるトランプ政権のやる気が分かった」と興奮気味だ。
  • (入国禁止令に関して)「トランプ氏はイスラムを憎んでいるのだ」
  • 「トランプ氏はこれまでうそばかりついている。彼の言っていることが信用できるわけがない」
  • 「米国の大統領が新しくなったのだから、紛争が終わる希望だけは持っていたい」
  • 「オバマ氏よりトランプ氏がいいかどうかわからない。ただ、イエメンのように紛争や食糧難に陥っている国に関心を持つ人であってほしい」

 トランプ氏のサウジ訪問を前にして、イエメンのイスラム教シーア派系の武装組織である「フーシ派」は19日にサウジアラビアに向けて弾道ミサイルを発射したりもしているので、このあたりの地域は複雑な緊張関係の中にあります。オバマ氏とは違い、シリアに「目にもの見せた」トランプ氏への期待が高まる可能性もあるのではないでしょうか。 

サウジアラビアの国力とは?

 分かったようなことを書いてきましたが、実際のところ、筆者も含めて、日本人はサウジアラビアについてあまり知りません。

「サウジアラビアってどんな国?」と聞かれると、「イスラム教国」「石油が取れる国」「お金持ちがいる国」・・・という漠然としたイメージが思い浮かぶものの、その中身を数字や歴史を踏まえてきちんと説明することは困難です。 

 そこで、改めてサウジアラビアの国力や米国との同盟関係の概略などをおさらいしておきましょう。

サウジアラビア基礎データ | 外務省」で見ると、国土の面積は215万平方km(日本の約5.7倍)。

 人口は2015年時点で3154万人。そのうち73%が自国民、27%が外国人(アジア人が全人口の2割を占めている)。

 保坂修司氏(日本エネルギー経済研究所研究理事)は、サウジでは「人口の約 30%が15歳以下」であり、現状のまま推移すると「2030 年までに人口は 3500 万から 4000 万程度にまで増加、その後 2040 年から 2050 年ごろには減少に転じる」と予想されていると述べています(「サウジアラビアの未来」)

経済力

 そして、IMFによれば2015年のGDPは約6535億ドル、一人当たりGDPは20813ドル。

 日本で言えば神奈川県のGDPが30兆円ぐらいなので、15年比の為替で言えば、神奈川県の「2倍+α」の規模だと考えると、多少、数字に実感が出てきます。

 一人あたりGDPを比べると、日本は38633ドル、台湾は22598ドル。ただ、貧富の差が激しい国なので、サウジアラビアを理解する上で、一人当たりGDPという指標はあまり使えないかもしれません。

 サウジの実質GDP成長率は3.4%。物価上昇率は2.2%(ともに2015年、IMF調査)。ここだけを取るとパフォーマンスがよさそうに見えますが、15年上半期における外国人労働者を除いた失業率は11.6%もあります。

(※保坂修司氏は前掲論文で女性失業率は3割台にのぼるとも指摘している)

 そして、14年の輸出総額が3424億ドル、輸入総額が1738億ドルなので、純輸出は1686億ドル(サウジ通貨庁)。

 前掲の約6500億ドルのGDPの4分の1が輸出で稼ぎ出され、そのうち9割を石油輸出が占めています(石油収入が国の歳入の8割を占める)。

 普通はこれだけ失業率が上がれば、政情不安が起きるのですが、サウジの王政は長らく強い指導力を発揮してきました。石油資源で得た収入を国民に分配することで政情の不安定化を防いできたからです。同国では教育費と医療費は無料。電気や水、ガソリンなどの値段も政府の財政負担で低価格に抑えられています。

 これは「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家と似ているとも言われていますが、持続可能性が問題視され、近年、ムハンマド副皇太子(副首相、王位継承権第二位)は石油依存からの脱却を目指した政治改革を進めています。

軍事力

 サウジアラビアの軍事予算は819億ドル(2015年)なので、日本の1.6倍程度です。

 軍は志願制で、兵員数は125000人ですが、その中には「防空軍:16000人」と「戦略ミサイル軍:2500」という日本にはない区分けの部隊があります。

 ここだけを取ると自衛隊(22万7000人)よりも少ないのですが、10万人の「国家警備隊」と24500人の「準軍事組織(国境警備等を行う)がいるので、実働の兵員数はだいたい同規模かもしれません。

 装備面を見ると、自衛隊と同じくF15戦闘機を配備し、ヨーロッパ産の新鋭機であるユーロファイター・タイフーン戦闘機を購入しているので、中東ではイスラエルに次ぐ空軍戦力です。

 近年、その力の一端をイエメン空爆で誇示しましたが、サウジは軍事面で見ても、エジプト、トルコ、イランとともに中東の要所を占める有力国の一つです。 

石油パワー

 サウジアラビアのパワーの源泉は「石油」です。

 近年、シェールガスの開発で1日あたり原油産出量の順位が入れ替わりましたが、サウジ(1201万バレル)は首位のアメリカ(1270万バレル)に次ぐ、原油産出国です。

 3位のロシア(1098万バレル)までが4桁。4位の中国は400万バレル台なので、世界の原油産出量や資源価格の変動に関わるベストスリーは、アメリカ、サウジアラビア、ロシアになっています。

 サウジアラビアは70年代にOPECを動かして世界にオイルショックを引き起こし、80年代には原油生産量を増やして価格下落を引き起こしました。原油価格の下落はソ連崩壊の要因にもなっているので、この頃、サウジとOPECの動向は国際政治を動かす主要ファクターになっていたと言えます。

 ただ、近年はOPECの足並みはまとまらず、かつてほどの影響力はありません。資源価格を見るうえでは、前掲のアメリカ、サウジ、ロシアの動向の重要性が高まっています。

 近年の原油価格下落に際して、米シェールオイルつぶしのためにサウジが消耗戦をしかけたとも噂されましたが、シェール産業はしぶとく、潰れるには至りませんでした。結局、減産合意をすることになりました。

 こうしてみると、サウジの石油パワーは、昔よりも影響力が落ちたものの、国際経済を動かす重要ファクターの一つであり続けています。

なぜサウジは米国の同盟国なのか?

 サウジアラビアはイスラム教に基づく国ですが、アメリカとは同盟関係にあります。サウジからアメリカに石油を売り、アメリカはサウジを守るという同盟が建国以来、続いてきたのです。

 サウジアラビアは第二次世界大戦前に海運状況の悪化と巡礼者の減少により深刻な財政難に直面し、ルーズベルト米大統領が決めた援助によって糊口をしのぎました。この頃に、サウジはアメリカに石油を売り、アメリカはサウジを守るという関係が成立したのです。

 そして、冷戦期には世界の各国にソ連と米国のどちらにつくかが問われたので、サウジは米国寄り路線を選びました。近年、アメリカでシェールオイル開発が進み、オバマ時代の政策変更(サウジはイラン核合意を激しく批判)等があって、米ーサウジ関係が揺らぎました。

 しかし、トランプ大統領の出現で、状況は大きくサウジに有利になってきました。

 エジプトやイラクの政情は安定せず、トルコではエルドアン大統領が独走中なので、同盟国サウジはアメリカにとっても中東の要所になったからです。サウジから見ても、アメリカとの同盟なしに安全保障は成り立ちません。

 国内では厳しくイスラム法を施行しているのに、キリスト教徒が国民のほとんどを占める米国の力を借りて国を守ってきたのは一種の矛盾ですが、これは国際政治のパワーバランスから生まれた構図です。

  国力相応に外交・防衛政策を展開しないと国がなくなるので、イスラム教の理想があるにせよ、このあたりは現実主義を取ったのです。

 サウジアラビアは厳格なイスラム回帰を訴えるワッハーブ派を掲げているわりには、結構、現実的な政治を行っているので、急進的なイスラム勢には打算的・迎合的な国に見えている面もあるようです。

 例えば、湾岸戦争時に米軍がサウジアラビアに入り、女性兵士が同国の市街を肌を出して自動車を運転していたことが物議をかもしました。

 こうしたスタンスに反発し、その後、アルカイダやISISなどが台頭してきています。

 ワッハーブ派は国内に宗教警察を置き、イスラム法に基づく取り締まりを行うので、かなり厳格な一派です。

 そのため、サウジの元にあるワッハーブ派をイスラム国等の過激な原理主義と同一視する人もいるのですが、実際には、この両者は共存できません。

 サウジアラビア政府とワッハーブ派から見た場合、イスラム国は勝手にカリフ(イスラムの教えの継承者の尊称)を名乗っているので、「許すべからざる仇敵」になります。それを容認したら、「二聖モスクの守護者」の立場が失われてしまうからです。

 こうしてみると、サウジとアメリカの同盟関係は、イスラムの教義と現実の国際政治の間に大きな矛盾があることを教えてくれます。それは彼らの理想と現実の国力のギャップなのです。