トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

葛西敬之著『飛躍への挑戦』を読んでみた ~新幹線開通のドラマ、海外展開とリニアの夢~

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(新幹線ひかり。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

  JR東海(東海旅客鉄道)で代表取締役名誉会長を務める葛西敬之氏が『飛躍への挑戦』(ワック出版)と題して3月29日に著書を公刊しました。

 副題は「国鉄民営化30年─我が回想と秘録」

 東海道新幹線を開業し、採算事業として成り立たせるまでの悪戦苦闘や、国鉄民営化に至るまでの労使闘争と政治闘争の過程、新幹線の海外展開、リニア新幹線実用化の構想などが語られています。

 非常に興味深い新刊なので、今回は、この書籍の読みどころを紹介してみます。

『飛躍への挑戦』の目次と著者

 見出しを見ると、以下の構成になっています(全381ページ)。

  • 第一部 国鉄時代
  • 第二部 国鉄改革と東海道新幹線
  • 第三部 「三正面」を突破するJR東海の基本戦略
  • 第四部 三正面作戦の到達点
  • 第五部 東海道新幹線システムの完成
  • 第六部 財務の改善と完全民営化
  • 第七部 未来への布石
  • 第八部 東海道新幹線システムの海外展開

著者の経歴は以下の通りです。

  • 1940年:誕生(現76歳)
  • 1963年:東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道入社
  • 1969年:米国ウィスコンシン大学経済学修士号取得
  • 1986年:職員局次長
  • 1987年:東海旅客鉄道株式会社発足。取締役総合企画本部長に就任。
  • 1995年:代表取締役社長
  • 2004年:代表取締役会長
  • 2012年:宇宙政策委員会委員長/財政制度等審議会財政制度分科会臨時委員
  • 2014年:代表取締役名誉会長
  • 2016年:学校法人海陽学園理事長

葛西敬之氏の言論活動を一冊に集約?

 著者の葛西敬之氏は、巨大組織であるJR東海の意思決定を担うと同時に、保守の重鎮として、リニア新幹線の実用化や原発再稼働を巡って盛んに提言を続けています。

 この『飛躍への挑戦』は、ある意味で、葛西氏の言論活動が集約された感がある書籍です。

 『未完の「国鉄改革」―巨大組織の崩壊と再生』(2001)や『国鉄改革の真実―「宮廷革命」と「啓蒙運動」』(2007)といった国鉄民営化関連の著書は興味深い歴史が書かれていますが、やや長いので、この2冊を忙しい人が読むのは大変です。

 『飛躍への挑戦』では、長い歴史をコンパクトにまとめ、リニアや新幹線の海外展開など、現代の問題に関する提言が掲載されていました。

 葛西氏には『明日のリーダーのために』(2010、文春新書)という著書もありますが、『飛躍への挑戦』のほうが具体的な実例が豊富なので、同氏の主張がよくわかるのではないかと思います。

(そのほか、国鉄内部の労使闘争や民営化、政治家とのやり取り、国鉄内部での駆け引きなどは、大企業ドラマとして、非常に興味深い内容になっているのも注目のポイントです)

開業前は新幹線も無謀な企てとみなされていた

 筆者が興味を持ったのは、新幹線も開業前は破綻確実な巨大プロジェクトと言われていたことです。

 今でこそ新幹線が走るのは当たり前になっていますが、『飛躍への挑戦』では、当時、空母決戦の時代に遅れた戦艦大和と同じ扱いにしようとする論調が強かったことが書かれています。

 この書籍に書かれた新幹線批判の例を拾ってみます。

★1:ネットワークが機能しない?(P16~17)

「狭軌(レールの間隔:1067mm)の在来線ネットワークの中の東京~大阪間だけに広軌(同:1435mm)の新幹線を作ってもネットワークの一部にならない。ネットワークにならないような鉄道は役に立たない」

 これは要するに乗り換えが面倒だという批判ですが、その後、山陽新幹線や東北・上越新幹線などのネットワークがつくられたので、問題は解決されました。
 これに伴い「高速鉄道関連の製造業が一定の規模で成立し、高品質の資機材の安定供給と普段の進歩が可能になった」と説明されています。

★2:時速200kmの事故が恐ろしい

 当時、常磐線三河島駅で死者160名の大事故(三河島事故)が起きていたので、新幹線開業前には巨大事故の発生が恐れられていました。

 むろん、この恐怖は今でもゼロになっていませんが、結局、日本は技術革新で乗り越えています。

 葛西氏がたびたび発言しているように、飛行機や鉄道などでリスクをゼロにすることはできませんが、リスクをマネジメントし、最低限に抑えることで輸送インフラを運用し、技術革新を進めていくことを、戦後日本は目指してきました。

★3:鉄道は斜陽産業だ(P19)

「これからは飛行機と自動車の時代だ。斜陽の鉄道が今頃広軌だの、時速200キロだのというのは時代錯誤だ。東海道新幹線は世界史の三馬鹿プロジェクトになる。万里の長城、戦艦大和、新幹線だ」(河野一郎建設大臣)

 本書では、当時は戦艦大和と同じ扱いにしようという意見も根強かったことが解説されています。
 コロンブスがアメリカ大陸についた後に、そんなのは誰にもできることだと言われ、「ならば卵を立ててみろ」と言い返した故事(誰も卵の尻をつぶして立てることは思いつかなかった)のように、初めにやってみるのは、いつの時代でも難しいわけです。

鉄道斜陽論を打ち破った「新幹線」

 前掲書籍(P352)では、新幹線への反対論に対して、技術面では以下の解決策を講じたことが説明されています。

  • 高速旅客列車専用の複線軌道上をATC(※自動列車制御装置)で列車を運行
  • これが踏切事故と列車相互の衝突事故を回避する仕組みになっている
  • 軽量の電車列車による高速・高頻度の運行が可能となった。
  • エネルギー消費も軌道への負担も少なくてすむ

※ATCは自動列車制御装置(Auto matic Train Control)の略称。信号合せて号電流をレールに流し、列車に搭載した装置が連続してこれを受け、走行速度が信号が示す制限速度以下かどうかを点検。速度超過の時に自動的にブレーキを作動させる

 その後、新幹線は大事故を起こすこともなく、安全運転を続け、日本の基幹的な輸送インフラとなっています。

 その建設にあたっては、佐藤栄作氏が世界銀行から融資をしてもらい、新幹線建設を国際的な約束事項にすることで、後々の政治家が世論に右顧左眄して建設をストップしないようにすべきだとアドバイスしたことも本書では紹介されています。

「なるほど、そんな智恵があったのか」と筆者は感銘を受けたのですが、近年の日本でも、民主党政権下で、ダム建設が政治家の判断で止められた事例がありました。すでにつくったダムを完成させずに止めてしまえば、税金の無駄にしかならないのに、人気取りのために止められるケースがあるわけです。

 こうした政治の迷走への対策が講じられたことも、今後、リニア新幹線プロジェクトを進める上で、参考にすべきポイントになりそうです。

 筆者の素朴な感想としては、当時は現代に比べるとざっくりしていたので、大きなプロジェクトを進めやすかったのだろうと思います。

(※筆者は初代原発建設に携わった技術者から、最初の原発建設は試行錯誤、ミスの連続だったが、その中で何とか安全運転の技術を確立できたという話を聞いたことがあります。今のマスコミは安全基準で攻めてくるので、当時のマスコミが現代と同じ論調だったら、原発も完成する前にお蔵入りにされてしまったに違いありません)

リニア新幹線は安全なのか?

 これに関しても、諸々の疑問や反対論が出ていますが、葛西氏は以下のように答えています。本書では8つの理由が挙げられていますが、予備知識なしでは分からない説明も多いので、そのうちの4つを紹介します(P357)。

  • 市街地地下、山岳トンネル、地表のフード内を通るので、障害物が運航空間に侵入する心配はない
  • 列車は磁力でガイドウェイの中心に保持される。高速になればなるほど磁力による保持力が上がるため、脱線に相当するリスクがない
  • 停電時には列車の推進力が失われるが、車上の超電導磁石が機能し、その場合にもガイドウェイの中心に車体が維持される。速度を減じてスムーズに着地できる
  • 不測の事態で超電導磁石機能が失われても空力ブレーキやディスクブレーキ等のバックアップ機能がある

 筆者はリニア新幹線開通を期待しているのですが、すでに海外では一部具体化しており、米国でも建設する可能性が示唆されています。

 米国の鉄道関係者が乗り心地を満喫した話も紹介されているので、日本がもたもたしているといつの間にか米国に先を越されてしまうかもしれません。

新幹線を米国に普及させる計画

 前掲書籍(P356~357)では新幹線の海外展開に必要な要件を5つ列挙し、その有力候補として米国を挙げていました。

  1. 巨額の初期投資が必要で、利用者だけでなく、沿線地全体に便益がもたらされる。公共事業に似た性格が強い
  2. 高速旅客列車専用車両の特性を生かしつつも、他の交通手段との連携が必要
  3. 高コスト、高サービス価値、高運賃なので収入レベルの高い乗客が多い回廊でなければいけない
  4. 出発地⇒到達地までが3時間以内。移動距離800km程度の区間が望ましい。
  5. 高速鉄道は航空機とは違い、出発地と到達地、途上駅での客の乗降によって回廊内の地域を統合する機能がある(※その地域の経済活動が活性化する)

  安全保障面と一体のパッケージで海外展開する上でも、米国が望ましく、2月の日米首脳会談で安倍首相がトランプ大統領に述べた高速鉄道への投資プランを下支えしたいとも述べています。

 2月11日の日米共同記者会見では、安倍首相は以下の趣旨の発言をしました。

  • トランプ大統領の指導力により、私は、高速鉄道を含めた大規模なインフラ投資がなされると確信する。
  • 新幹線に乗った経験のある方には、その速度や快適さ、安全性が分かるはずだ
  • 最先端のリニア鉄道を用いればトランプタワーが立つニューヨークからワシントンDCまで1時間で移動可能。
  • 我が国は最高度の技術をもってトランプ政権の成長戦略に貢献できる

米国で新幹線が走るとしたら、どこになる? 

現在、その実用化の可能性がある区間は以下の通りです

  • ダラスーヒューストン間の高速鉄道(テキサス州)
  • ワシントン DC~ボルティモア間の超電導リニア計画
  • カリフォルニア高速鉄道計画
  • テキサス高速鉄道計画

ダラスーヒューストン間の高速鉄道

 Qテレニュース(「安倍首相が提案 米・高速鉄道計画への投資」2017/2/9)では、以下のように報じています。

  • 地元企業に日本の新幹線の模型が提示されている。早ければ18年に着工し、ダラスとヒューストンの間約390キロを1時間半で結ぶ計画。
  • 責任者のトラビス・ケリー氏も「高速鉄道プロジェクトは多くの雇用を生み、トランプ政権の主張と合致する」と発言。ダラス市副市長も実現を期待
  • 4万人以上の雇用が生まれると試算されている

 この記事は、1.3兆円以上の建設費はまだ1割ぐらいしか集まっていないことも指摘しています。早期実現を期待したいものです。 

ワシントン DC~ボルティモア間の超電導リニア計画

(※以下の3プロジェクトの出所は「国土交通省インフラシステム海外展開行動計画」(平成28年3月)。

  • 米国北東回廊(ワシントン DC~ニューヨーク)の高速鉄道計画の先行事業
  • 15 年6月のホーガン・メリーランド州知事、同年 11 月のフォックス運輸長官による超電導リニア試乗等を通して米国関係者に日本は働きかけた。
  • 15年 11 月にメリーランド州による MDP(Maglev Deployment Program)補助金申請(最大約 2,800 万ドル)が米国運輸省に認可され、日本も 16 年度概算決定に所要の調査費を計上

カリフォルニア高速鉄道計画

  • 全米高速鉄道構想に基づき、カリフォルニア州政府が主体となってサンフランシスコ~アナハイム間など延長約 840キロメートルにわたる高速鉄道網を整備
  • 2015 年1月から一部区間で工事に着手
  • 日本も2015 年4月の総理訪米の際にカリフォルニア州知事にトップセールスを行い、サンフランシスコで高速鉄道フォーラムを開催
  • 近年に見込まれる車両・信号設備等の入札を見据え、ドイツ勢、中国勢などが競合相手となる中、新幹線技術の導入に向けた働きかけを強化

テキサス高速鉄道計画

  • 大きな交通需要が見込まれるテキサス州ダラス~ヒューストン間約 385 キロメートルの区間に、米国民間企業が我が国新幹線技術による高速鉄道を整備する
  • 2015 年 11 月に海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が事業への参画を決定。米国民間企業に対して 4,000 万ドルを出資
  • 2022 年の開業目標へ向け、事業推進を支援

 ・・・

 よくよく考えて見れば、日本は中国の高速鉄道計画に協力したのに、同盟国のアメリカとの高速鉄道計画の協力のほうは、さほど進展していません。

 鉄道建設に関しては、日米関係と日中関係が非対称になっているので、このあたりは、今後の日米関係の大きな課題になりそうです。

 トランプ氏は米国インフラの老朽化を憂いているので、JR東海が入り込む余地は多分に残されているようにも思えます。