トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

米国が八カ国の鉄鋼製品に反ダンピング課税発動。今後、日米、米中、米韓の貿易はどうなる?

 

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(WTO加盟国。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

 3月30日に、アメリカの商務省が日本、韓国、オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、台湾の8カ国で生産された鉄鋼製品に対して反ダンピング関税を課すことを決めました。

 アメリカに不当に安値で輸入されているとみなし、米国際貿易委員会(ITC)の認定後、制裁が発動されます。

 「日本製鉄鋼に制裁関税へ」等と該当企業の名を強調して題名をつけているネット記事が目につきますが、一企業だけを狙い撃ちにしたわけではなく、8カ国を対象にした広範な措置です。

 また、「8カ国の国・地域」と書いている記事が多いのですが、日本の新聞がわざわざ中国のご機嫌取りをして台湾を「地域」扱いしなければいけない理由もありません。

 昨日に共同通信から各紙に流れた記事は微妙にミスリードを生む書き方になっていました。

 ウィルバー・ロス商務長官が3月に承認され、トランプ政権のアメリカ・ファーストの貿易政策が本格稼働してきたわけですが、これを機に、新政権の貿易政策についてのスタンスを整理してみます。

米貿易政策の注目点1:日米交渉

 反ダンピング法を発動した商務省を率いているのは前掲のロス氏ですが、同氏は、トランプ政権の1兆ドルのインフラ投資計画の立案者でもあり、そこに日本が投資してくることを期待している面もあります。

 財政的には1兆ドル全額を政府で出せるはずもなく、もともと、このプランは民間企業に巨額の控除を与え、インフラ投資に参加してもらうことにかなりの力点が置かれていました。

 ロス氏はトランプ氏の議会演説の後、日本への期待の意を明らかにしています(産経ニュース「1兆ドル投資を日本に期待 ロス米商務長官、年金ファンドなど想定」2017/3/1)

「日本政府の年金基金は巨大で、保有資産を分散しようとしている」と指摘し、米国のインフラ投資計画が、日本の年金ファンドなどの投資の受け皿になり得るとの見方を示した。

(※ロス氏は上院公聴会では「私は反貿易主義者ではない。貿易を支持している。しかし、私が支持するのは良識ある貿易だ。アメリカの労働者や製造業拠点に不利な貿易は支持できない」と述べている)

 トランプ氏にも、日本からの投資を期待している面が多分にあります。

 2月の日米首脳会談前には「日本や中国にはいたるところに高速鉄道があるが、米国にはない」と指摘し、「時代遅れ」になった交通インフラの整備を進める意向を明らかにしていました(産経ニュース「トランプ氏が新幹線を評価 米国でも交通インフラの整備急ぐ意向」2017/2/10)

 今後、USTR(米通商代表部)代表にライトハイザー氏が就任すれば、反ダンピング法施行に次ぐシビアな路線が出てくることが予想されますが、新政権には日本に期待している面もあるので、今後はその両者の兼ね合いが主たる課題になりそうです。

 ライトハイザー氏はすでに「農業分野の市場拡大は、日本が第一の標的になる」と上院公聴会で述べているので、TPP交渉時と同じく、日本の高関税政策が突き上げをくらうはずです。

 筆者はコメ等の5品目の関税は異様に高く、減反補助金などの合理性ゼロの政策に関しては「是正やむなし」と思うのですが、自公政権から見れば農業票は捨てがたいので、外交面での国益と自公政権の選挙戦略が再び、はかりにかけられる構図が出てくる可能性が高いと言えます。

(※ライトハイザー氏は80年代の対日鉄鋼協議で日本に輸出自主規制を認めさせたタフ・ネゴシエーターです)

 4月にはペンス副大統領が訪日しますが、その際には、2月の日米首脳会談時よりも、個別の具体的な争点が議論されるので、ある意味では、非常に興味深い内容になりそうです。

米通商政策の注目点2:自動車の輸入・輸出

 トランプ政権は5月頃にNAFTAの再交渉に踏み出すと言われていますが、これは自動車産業を直撃します。アメリカは世界最大の自動車輸入国だからです

 『日経ビジネス(2016/11/21)』(P10~11)によれば、アメリカは2015年に563万台の自動車を輸入しており、メキシコからは195万台、日本からは159万台、欧州からは109万台、韓国からは93万台が輸出されています。

 563万台というのは、日本で1年間に生産される自動車の台数(556万台)とほぼ同じぐらいの規模です。2015 年のアメリカの自動車生産台数は1189万台ですが、その半分ぐらいの台数が輸入されているわけです。

 JETROが作成した資料(「2015年 主要国の自動車生産・販売動向」)では、メキシコの自動車生産台数と輸出台数について「2015 年の自動車(大型バス・トラックを除く)生産台数は339万9076台、輸出台数は275万8896台と、いずれも過去最高だった」と述べています。

 メキシコからの輸出台数の8割はアメリカとカナダ向けであり、各社のデータを見ると、マツダを除いた7社が7割~9割程度の比率になっています。

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(出所はJETRO「2015年 主要国の自動車生産・販売動向」。割合は筆者計算)

 アメリカ+カナダで228万台なので、前掲の日経ビジネス記事のデータから推測すればこのうち33万台ぐらいがカナダ向け輸出、195万台がアメリカへの輸出と思われます。

 各社はメキシコでの増産計画を立てていましたが、これもトランプ政権の貿易政策の影響を受けます。

 『ダイヤモンド(2017/1/28)』(P8)では、各国の自動車メーカーのメキシコでの増産計画(アメリカでは減産)の台数が書かれています。

  • 米国メーカー:メキシコ+86.2万台/アメリカ-27.1万台
  • 日本メーカー:メキシコ+63.9万台/アメリカ-14.7万台
  • 韓国メーカー:メキシコ+30万台/アメリカ-10.3万台
  • ドイツメーカー:メキシコ+59.7万台/アメリカ-24.2万台

 そして、メキシコでの新工場建設計画として、トヨタのセラヤ工場(20万台規模)、ダイムラーのアクアスカリエンテス(15万台規模)、アウディのサンホセチアパス工場(15万台)、BMWのサンルイスポトシ工場(15万台)、起亜のモンテレイ工場(30万台)等を図示しています(P9)。サンルイスポトシにはフォードも35万台規模の工場建設予定でしたが、トランプ発言で撤回されました。

 高級車の領域では、トヨタの「プリウス」や「レクサス」のほとんどが日本からの輸入品であり、米国での生産が難しい(プリウスは電池のサプライチェーン、レクサスは技術上の理由)といった問題もあります(『日経ビジネス(2017/1/23:P24)。

 NAFTAは北米の自由貿易協定ですが、メキシコ等の周辺諸国を通じてアメリカへの輸出を行う企業は数多いので、トランプ政権のNAFTA再交渉は、日本や欧州、韓国等にも大きな影響を与えます。

 『ダイヤモンド(2017/1/28)』(P10)では、メキシコから米国への輸出車に35%の関税がかかれば、「15年実績で340万台だったメキシコ生産台数が19年には250万台に激減する」という東海調査センターの試算が紹介されています。

 生産計画の予算総額を自動車の価格で割れば台数が出ますが、単純計算で見ると、340万台の自動車の平均価格が関税の影響で35%上昇したら、つくれる自動車の台数は251.8万台になります。専門家でなければ複雑な自動車生産の現状は分かりませんが、値段上昇で生産台数が減ることと、値段上昇に伴って購入者が減ることを踏まえれば、前掲の試算は十分にありえるストーリーに見えます。

米通商政策の注目点3:二国間交渉の拡大とWTOへの評価変更

 米通商代表部(USTR)は3月2日に議会への報告書を送り、アメリカの主権を侵害するWTOの判断には従わない方針を示しました。

 これは大統領が議会演説で訴えた「非公正な貿易」を是正するためのステップとも見られています。

「2017年の通商政策の目標と2016年の年次報告」(2017 Trade Policy Agenda and 2016 Annual Report)のうち、前半の「2017年の大統領の貿易政策の目標」(THE PRESIDENT’S 2017 TRADE POLICY AGENDA)が各種報道の対象となりました。

 そこでは「2016年、二大政党への投票者はアメリカの貿易政策の基本的な方針転換を求めた」として貿易政策の転換の理由を「民意」に求めているのです。

 そして、貿易において二国間協定から多国間協定への切り替えを行うことが記されています。

一対多よりも一対一で協議したほうが、大国であるアメリカにとって有利になるからです。

 その理由は、二国間の貿易交渉よりも多国間の貿易交渉のほうが、アメリカの要求を交渉に携わる国が回避しやすくなるからです。

 農業を巡る交渉実務を担当した山下一仁氏(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)は『TPPおばけ騒動と黒幕』(P77)にて、以下のように述べています。

「日米の協議では、米国の力に押されることはあっても、TPPのような多国間の協議では、他の国と連携できる。たくさんのイシューがあるときには、イシューごとに交渉参加国の利害関係が変わるので、連携を組みかえることもできる。関税にこだわる以上日本が農業で孤立するのは、当然だが、それ以外の分野で孤立することは想定できない」

 山下氏は自分が行った交渉の実例として、遺伝子組み換え食品の表示規制において、日本がオーストラリア、ニュージーランドと連携してアメリカの厳しい表示義務付け要求を諦めさせたことも紹介しています(前掲書P76)。

 日本の農業関税は国際的に不人気なので、他国に協力をつのりにくいのですが、他の案件では協力が見込めるケースが多いようです。

 そして、他国の不公正な貿易慣行を強い言葉で批判しています。

「国際経済の輸出領域、重要な市場を歪める行為が外国政府によってなされることがある。輸出補助金、知的財産権の侵害、為替操作、国有企業による不公正な慣行、労働法違反、強制労働など、様々な不正が見られる」「トランプ政権はこれ以上、アメリカの労働者や企業を害する不公正な貿易慣行に堪えることはできない」 

  WTO加盟後もアメリカは通商を巡る主権を放棄していないとして、以下の四点を優先事項に挙げました。

  • 我々の貿易に関する国家主権を守る
  • アメリカの貿易法を厳しく執行する
  • 海外に市場開放を促す
  • よりよい新たな貿易協定の再交渉

 日本にとって重要なのは、そこに「農産物の輸出が含まれる」(including exports of agricultural goods)と書かれていることです。現在の日本は、コメ、牛肉、豚肉、麦や乳製品などの主要5品目の輸入に際して高関税や規制などで保護措置を取っているので、今後、トランプ政権が関税引き下げ等の要望を出してくる可能性があります。

 そのほか、90年代の日米交渉に際して、発動が懸念されたスーパー301条の復活も明記されました。

(※スーパー301条はアメリカの通商法に記された対外制裁のための条項。USTRが特定した他国の貿易障壁が撤廃されない時に関税引上げなどの制裁を発動可能)

米通商政策の注目点4:中国、韓国、メキシコ、カナダ等を批判

 トランプ政権の貿易観が前掲文書の「4:新しくより良い取引の交渉」(4. Negotiating New and Better Trade Deals)に端的に出ているので、そこを重点的に紹介してみます。

 この節で批判されているのは、中国、韓国、メキシコ、カナダ等です。日本が名指し批判されていないのは、先般の安倍訪米後の首脳会談の成果だと言えるのかもしれません。

 以下の論述を見る限りでは、これらの国々はかなり苦労することになりそうです。

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 1980年代後半以降、米国は広範な貿易協定を締結した。その中にはNAFTA(北米自由貿易協定)、WTOをつくったウルグアイ・ラウンド協定、2001年の中国WTO加盟議定書などの一連の貿易協定が含まれている。

・・・

 不幸なことに、2000年以降に起きたのは以下の出来事だーー中国のWTO加盟前の最後の一年には、アメリカでGDP成長率の低下、雇用成長率の弱体化、製造業雇用の純減がみられた。この現象の背景には多数の要因が働いており、目を見張るのは2008-09年の金融危機と生産工程の自動化の広範な影響だ。

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 2000年には、製造業の商品に関するアメリカの貿易赤字は3170億ドルだった。昨年は6480億ドルだった。これは100%の増加だ。

 中国との財・サービスに関する貿易赤字は、2000年の819億ドルから2015年の約3340億ドルに急上昇した(15年のデータは入手可能な最近年である)。それは300%以上もの増加になる。

 もちろん、貿易赤字の上昇はより強い経済と一致する可能性もある。しかし、典型的なアメリカの家庭の経験はそうではないことを示している。

 2000年には、アメリカの実質中央値世帯収入は、2015年の為替で57790ドルだった。 2015年では56516ドルだった。

 実際に、金融危機以降の景気回復にもかかわらず、アメリカにおける実際の世帯中央値の収入は、今日、16年前よりも低いままになっている。

 2000年1月、米国には17,284,000の製造業の雇用があった。アメリカの製造業の雇用総数は1980年代初めの水準にまで戻ってしまった

・・・

 2017年のアメリカの製造業の雇用はわずか1234万1千だった。ほぼ500万の雇用を失ったのだ。

 中国のWTO加盟の16年前ーー1984年から2000年まで。この16年間でアメリカの工業生産は約71%増加した。

 2000年から2016年までの間、アメリカの工業生産は9%に満たない。

 これらの結果は我々への警鐘だ。

 これらは、貿易以外にも米国が直面している数多くの政策課題を反映しているーートランプ政権は、より活気に道、より競争力ある経済をつくるために、可能なあらゆる手段を講じることを約束している。

 我々は議会と連携する。そして減税し、規制を緩和し、インフラへの資金提供を拡大し、米国の経済成長を促進するためのほかの措置をとる。

 同時に、これらの数字は、現在の世界的な貿易システムが中国を大いに助けたのに、米国には同じ結果をもたらさなかったことを示している。

 他の主要な協定にも懸念する重要な理由がある。

 数年間で、アメリカはNAFTA(北米自由貿易協定)の貿易相手国との間で商品の貿易赤字を出している。

 例えば、2016年には、カナダとメキシコを足した商品の貿易赤字は740億ドル以上だった。

 2008年、バラク・オバマとヒラリー・クリントンの双方はアメリカのNAFTA再交渉に際して、NAFTA脱退に失敗した。もしそうした試みがあっても、そのような再交渉は失敗しただろう。

 さらに、オバマ政権でなされた最大の貿易取引ーー韓国に対する自由貿易協定ーーその締結に伴って我が国の貿易赤字が劇的に上昇した。

 2011年(米韓FTA発効前の最後の年)から2016年、米国の韓国への輸出総額は12億ドル減少した。

 ところが、韓国の輸入品のほうは130億ドル以上も増えた。

 その結果、韓国との貿易赤字は倍増した。

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 対中批判の色彩が濃いのは、USTR代表に指名された対中強硬派のロバート・ライトハイザー氏や、国家通商会議(NTC)を率いるピーター・ナヴァロ氏らの意向を反映しているようにも見えます。

 4月6-7日に習近平氏が訪米し、フロリダの別荘にて米中首脳会談が開催されることも決まったので、今後、中国との交渉も本格化していきます。

 安倍首相が訪れたバームビーチで応対するので、選挙期間中に発言したように、ハンバーガーでもてなすわけではなさそうです。

 ただ、商務長官のロス氏やUSTR代表のライトハイザー氏らは中国に対して厳しいスタンスなので、閣僚の考えも米中首脳会談に反映される可能性があります。

 ロス氏はダボス会議が開催された頃「中国は、世界の大国の中で最も保護主義的な国だ。彼らの商業に対する関税障壁と非関税障壁は非常に高い。彼らは自分たちが主張している自由貿易を実践できていない。我々はその現実をそのレトリックに近づけていきたい」と批判していました。

 鉄鋼・アルミなどの反ダンピング課税、反ダンピング、反補助金の訴訟等を開始する可能性を示唆し、中国のダンピングの要因として国有企業の肥大化を問題視したわけです。

 これに対して、中国側はアップルのスマホやボーイングの航空機等に対抗関税をかけることが可能です。

 90年代の日米の貿易を巡るバトルのような構図が米中間で繰り広げられる可能性もあるので、この米中交渉は最重要の注目点になるはずです。