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ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

【サルマン国王訪日】サウジアラビアの経済力、石油パワーはどの程度? 首脳会談前に知りたいお国事情・・・

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(サウジ建国者アブドルアジーズとルーズベルト米大統領の会談。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

  サウジアラビアからサルマン国王が12日に訪日。

 1000~1500人の随行団、459トンの荷物、国王を降ろすために空輸されたエスカレーター等、その豪華外遊ぶりと、高級タクシーやホテル業界に及んだ予約殺到の「特需」等が各紙で報じられています。

 国王外遊に伴う、この大騒動は、国の中心が「国王」にある王政国家と、「国民」にある民主国との違いを教えてくれます。

 しかし、政体の違いはあるものの、我が国はサウジアラビアから輸入石油の3割以上を買っているので、同国との経済関係は非常に重要です。

 ただ、そのわりには、筆者も含めて、日本人はサウジアラビアについてあまり知りません。

「サウジアラビアってどんな国?」と聞かれると、「イスラム教国」「石油が取れる国」「お金持ちがいる国」・・・という漠然としたイメージが思い浮かぶものの、その中身を数字や歴史を踏まえてきちんと説明することは困難です。 

 そこで、今回はサルマン国王訪日の機会に、改めてサウジアラビアの国力や王家の由来などを紹介してみます。

サウジアラビアの国力とは?

 まず、サウジの国力を示すデータをざっと概観してみます。

サウジアラビア基礎データ | 外務省」で見ると、国土の面積は215万平方km(日本の約5.7倍)。

 人口は2015年時点で3154万人。そのうち73%が自国民、27%が外国人(アジア人が全人口の2割を占めている)。

 保坂修司氏(日本エネルギー経済研究所研究理事)は、サウジでは「人口の約 30%が15歳以下」であり、現状のまま推移すると「2030 年までに人口は 3500 万から 4000 万程度にまで増加、その後 2040 年から 2050 年ごろには減少に転じる」と予想されていると述べています(「サウジアラビアの未来」)

経済力

 そして、IMFによれば2015年のGDPは約6535億ドル、一人当たりGDPは20813ドル。

 日本で言えば神奈川県のGDPが30兆円ぐらいなので、15年比の為替で言えば、神奈川県の「2倍+α」の規模だと考えると、多少、数字に実感が出てきます。

 一人あたりGDPを比べると、日本は38633ドル、台湾は22598ドル。ただ、貧富の差が激しい国なので、サウジアラビアを理解する上で、一人当たりGDPという指標はあまり使えないかもしれません。

 サウジの実質GDP成長率は3.4%。物価上昇率は2.2%(ともに2015年、IMF調査)。ここだけを取るとパフォーマンスがよさそうに見えますが、15年上半期における外国人労働者を除いた失業率は11.6%もあります。

(※保坂修司氏は前掲論文で女性失業率は3割台にのぼるとも指摘している)

 そして、14年の輸出総額が3424億ドル、輸入総額が1738億ドルなので、純輸出は1686億ドル(サウジ通貨庁)。

 前掲の約6500億ドルのGDPの4分の1が輸出で稼ぎ出され、そのうち9割を石油輸出が占めています(石油収入が国の歳入の8割を占める)。

 普通はこれだけ失業率が上がれば、政情不安が起きるのですが、サウジの王政は長らく強い指導力を発揮してきました。石油資源で得た収入を国民に分配することで政情の不安定化を防いできたからです。同国では教育費と医療費は無料。電気や水、ガソリンなどの値段も政府の財政負担で低価格に抑えられています。

 これは「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家と似ているとも言われていますが、持続可能性が問題視され、近年、ムハンマド副皇太子(副首相、王位継承権第二位)は石油依存からの脱却を目指した政治改革を進めています。

軍事力

 サウジアラビアの軍事予算は819億ドル(2015年)なので、日本の1.6倍程度のお金を使っています。

 軍は志願制で、兵員数は125000人ですが、その中には「防空軍:16000人」と「戦略ミサイル軍:2500」という日本にはない区分けの部隊があります。

 ここだけを取ると自衛隊(22万7000人)よりも少なく見えますが、10万人の「国家警備隊」と24500人の「準軍事組織(国境警備等を行う)がいるので、実働の兵員数はだいたい同規模だと言えそうです。

 装備面を見ると、自衛隊と同じくF15戦闘機を配備し、ヨーロッパ産の新鋭機であるユーロファイター・タイフーン戦闘機を購入しているので、中東ではイスラエルに次ぐ空軍戦力を持っています。

 近年、その力の一端をイエメン空爆で誇示しましたが、サウジは軍事面で見ても、エジプト、トルコ、イランとともに中東の要所を占める有力国の一つです。 

石油パワー

 サウジアラビアのパワーの源泉は「石油」です。

 近年、シェールガスの開発で1日あたり原油産出量の順位が入れ替わりましたが、サウジ(1201万バレル)は首位のアメリカ(1270万バレル)に次ぐ、原油産出国です。

 3位のロシア(1098万バレル)までが4桁。4位の中国は400万バレル台なので、世界の原油産出量や資源価格の変動に関わるベストスリーは、アメリカ、サウジアラビア、ロシアになっています。

 サウジアラビアは70年代にOPECを動かして世界にオイルショックを引き起こし、80年代には原油生産量を増やして価格下落を引き起こしました。原油価格の下落はソ連崩壊の要因にもなっているので、この頃、サウジとOPECの動向は国際政治を動かす主要ファクターになっていたと言えます。

 ただ、近年はOPECの足並みはまとまらず、かつてほどの影響力はありません。資源価格を見るうえでは、前掲のアメリカ、サウジ、ロシアの動向の重要性が高まっています。

 近年の原油価格下落に際して、米シェールオイルつぶしのためにサウジが消耗戦をしかけたとも噂されましたが、シェール産業はしぶとく、潰れるには至りませんでした。

 サウジの石油パワーは、昔よりも影響力が落ちましたが、国際経済を動かす重要ファクターの一つと見るのが、妥当な評価だといえるのではないでしょうか。

そもそも、サウジアラビア王家って何?

 サウジアラビア国王の本名はサルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ。

 アブドルアジーズとも表記されますが、この名は20世紀にアラビア半島を統一した建国の父アブドルアジーズに由来しています。

 建国者の家は「サウード家」なので、「サウジアラビア王国」という国名は「サウード家のアラビア王国」を意味しているわけです(サウジアラビアの建国は1932年)。

 日本人が聞けば驚くでしょうが、建国者アブドルアジーズは30人の女性と結婚。その家族には36人の息子と24人の娘がいました。これは大昔の話ではなく、20世紀に現実に起きたことです。

 イスラム法では妻は4人までと決まっているので、離婚と再婚を繰り返しながら、サウジアラビアの有力部族から奥さんをもらい、各地の有力者とつながりをつくったのです(政情安定化のための措置でもあったらしい)。

 「アラビアのロレンス」でも部族間の諍いが描かれていますが、そうしたややこしい部族の関係を取り持ち、アラビア半島をまとめるには、血縁も含めて様々な工夫をこらさなければいけなかったのでしょう。

 サウジアラビアの成り立ちを理解する上では、同国を守護する「サウード家」と、サウジアラビアの国教「ワッハーブ派」(コーランやイスラム法を厳しく守ることを教えた一派)を創始した「シェイフ家」との関係が非常に重要です。

 18世紀にアブドルワッハーブ(ワッハーブ派の創始者)はイスラム草創期の厳格な理想への回帰を訴えてサウジアラビアに入り、当時のサウード家の首長(イブン・サウード)から忠誠を得ました。その結果、シェイフ家が説くワッハーブ派の教えをサウード家が弘め、外敵から守るという「盟約」が生まれます。

 勇猛果敢で智謀に富むイブン・サウードはアラビア半島を統一し、イスラムの聖地であるメッカとメディナを守る「二聖モスクの守護者」を名乗りました。

 こうした経緯で、サウジアラビア王国では「シェイフ家」がワッハーブ派を伝承し、それを守る「サウード家」が政治を司ることになっています。

 草創期はシェイフ家の影響力が強かったのですが、建国以降は国王の力が強くなり、サウード家が意思決定を行い、シェイフ家がそれを追認する形へと変わってきました。

 1969年に建国期から「最高法官」を務めたシェイフ家のムハンマド・イブン・イブラヒムが逝去すると、近代化を進めたファイサル国王は次期最高法官を任命せずに司法省を設置し、そこにシェイフ家以外のイスラム法学者を就任させます。宗教界の影響力を分散させ、自身の政治力を高めようと試みたのです。

 現在のサウジアラビアでは諮問評議会(国会に相当)、自治評議会(地方議会に相当)にも数十名の女性議員がいますが、こうした改革が可能になった背景には、政治を司るサウード家の力が、保守的なイスラム宗教勢力に対して優位を占めていることが挙げられます(そのほか、男女別学ではあるが、サウジでは女子教育も進んでいる)。

 女性の自動車運転が禁じられ、男女同席が不可であるなど、イスラム法に基づいたタブーは多々ありますが、ワッハーブ派の厳しい戒律と政治を司るサウード家による改革の両者がせめぎあっているのが、現在のサウジアラビアの社会状況だとも言えます。

なぜサウジは米国の同盟国なのか?

 サウジアラビアはイスラム教に基づく国ですが、アメリカとは同盟関係にあります。サウジからアメリカに石油を売り、アメリカはサウジを守るという同盟が建国以来、続いてきたのです。

 サウジアラビアは第二次世界大戦前に海運状況の悪化と巡礼者の減少により深刻な財政難に直面し、ルーズベルト米大統領が決めた援助によって糊口をしのぎました。この頃に、サウジはアメリカに石油を売り、アメリカはサウジを守るという関係が成立したのです。

 そして、冷戦期には世界の各国にソ連と米国のどちらにつくかが問われたので、サウジは米国寄り路線を選びました。近年、アメリカでシェールオイル開発が進み、オバマ時代の政策変更(サウジはイラン核合意をイラン寄り政策と見ている)等があって、米ーサウジ関係が揺らいだのですが、それでも、この二か国のつながりは緊密です。

 エジプトやイラクの政情は安定せず、トルコではエルドアン大統領が独走中なので、同盟国サウジはアメリカにとっても中東の要所になっています。サウジから見ても、アメリカとの同盟なしに安全保障が成り立つわけでもないのです。

 国内では厳しくイスラム法を施行しているのに、キリスト教徒が国民のほとんどを占める米国の力を借りて国を守ってきたのは一種の矛盾ですが、これは国際政治のパワーバランスから生まれた構図です。

  国力相応に外交・防衛政策を展開しないと国がなくなってしまうので、イスラム教の理想があるにせよ、このあたりはいたしかたない面があります。

 サウジアラビアは厳格なイスラム回帰を訴えるワッハーブ派を掲げているわりには、結構、現実的な政治を行っているので、急進的なイスラム勢には打算的・迎合的な国に見えている面もあるようです。

 例えば、湾岸戦争時に米軍がサウジアラビアに入り、女性兵士が同国の市街を肌を出して自動車を運転していたことが物議をかもしました。

 こうしたスタンスに反発し、その後、アルカイダやISISなどが台頭してきています。

 ワッハーブ派は国内に宗教警察を置き、イスラム法に基づく取り締まりを行うので、かなり厳格な一派です。

 そのため、サウジの元にあるワッハーブ派をイスラム国等の過激な原理主義と同一視する人もいるのですが、実際には、この両者は共存できません。

 サウジアラビア政府とワッハーブ派から見た場合、イスラム国は勝手にカリフ(イスラムの教えの継承者の尊称)を名乗っているので、許すべからざる存在という位置づけになります。それを容認したら、「二聖モスクの守護者」の立場が失われてしまうわけです。

 サウジとアメリカの同盟関係は、イスラムの教義と現実の国際政治の間に大きな矛盾があることを教えてくれます。