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ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

サムスン電子・李副会長逮捕 韓国経済に打撃 グループ経営の未来に暗雲

経済 国際 朝鮮半島 ビジネス 全記事一覧

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(ソウルの風景。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

 李在鎔(イ・ジェヨン)氏(サムスン電子副会長)が崔順実(チェ・スンシル)被告への贈賄等の容疑で2月17日に逮捕されました。

 現在、その影響が韓国の政治・経済・社会にどのような影響を与えるのかが注目されています。

(※サムスンの輸出額は韓国全体の輸出額の約2割を占め、同グループの株式時価総額は証券市場の総額のうち約3割を占めている。会長の健康問題のため、現在は李氏が事実上のサムスンのトップ)。

  前回は罪の構成要件となる賄賂の対価関係や不正な請託が行われたことへの立証が不十分と見て、逮捕状請求が棄却されたのですが、今回、李副会長は逮捕を免れることができませんでした。

 前回と今回とでは、果たして、何が違ったのでしょうか。 

李副会長逮捕に至るまでの経緯

 ニュースが分かりにくいので経緯を整理しますと、そもそも、この崔被告の件で李副会長が罪に問われたのは、15年7月に朴氏が文化とスポーツ振興を名目とした二財団(ミル財団とKスポーツ財団)の設立の際に、サムスンをはじめとした財閥七社に協力を要請したことがきっかけになっています。

前回の逮捕状請求の内容

 前回の逮捕状請求の際に、捜査班は、サムスンは崔被告が実質的に支配した2財団に204億ウォン(約20億円)を寄付し、崔氏の娘がドイツで乗馬を行う際に資金協力したと見ていました。

 この贈賄額の見立ては今回の逮捕状請求の時も同じで、総額は430億ウォン(43億円)にのぼるとされています。

 この資金協力が李副会長の意思で行われ、崔被告が李副会長がサムスングループ内で経営権を確立するための合併(第一毛織とサムスン物産の合併。2015年7月)に便宜を図ったことが贈賄に相当すると考えたのです。この二企業は合併に抵抗していたので、朴政権は国民年金公団がグループ2社の大株主だったことを利用し、公団を管轄する保健福祉省を通して合併賛成への圧力をかけたーーというシナリオが描かれていました。

 これに対して、李副会長は乗馬支援計画が動いたのは合併がなされた後であり、当時、崔被告に資金支援がなされたことも認識していなかったと反論。ソウル中央地裁は立証が不十分と見て逮捕状請求を棄却しています。

 今回のサムスンの案件に関しては韓国紙の中央日報(日本語版)も「サムスン捜査、重要なのはファクトに基づいた証拠だ=韓国(2017/1/15)」という社説で慎重な捜査を呼びかけました。(1)と(2)がある長文記事で、特別検察官らが最初から「贈賄」という予断を持ってサムスンへの捜査を強行するのではなく、十分な証拠を確保した上で逮捕状を請求すべきだと述べていました。マスコミもまたその影響の大きさに懸念の意を示していたのです。

今回の逮捕状請求では何が違う?

 その後、2月13日に捜査チームは再び李副会長に事情聴取を行い、17日には逮捕状が発行されるに至りました。

 前回と今回の違いが分かれたのは、19日以降に、捜査チームが大統領府で首席秘書官を務めていた安鍾範(アン・ジョンボム)被告の手帳39冊を入手したためです。

 捜査班は、ここに決定的な証拠があったと見なし、崔被告がサムスンに図った便宜(見返り)の範囲を李副会長がグループの経営権を掌握するまでの過程全般にまで広げました。サムスン財閥系の企業の上場や再編などに際して、大統領府が証券市場や公正取引委員会に圧力をかけたと見たのです(そのほか、財産の国外逃避と犯罪収益隠匿が行われたという罪状も追加)。

 今後、韓国経済への打撃なども含めて、大きな影響が出ることになりそうです。

巨大グループのトップ逮捕が韓国経済を揺るがす?

 当然、サムスングループは「はい、そうですか」と罪状を認めるわけにはいきません。李副会長は、今後、法廷を通じて抗弁する構えです。

 しかし、サムスングループの総売上高は300兆ウォン(=約29.7兆円)。サムスン電子だけで韓国のGDPの5%程度の付加価値を生み出しているので、同社の事実上のトップである李副会長が逮捕の後に有罪となれば、同社の信用が失墜し、韓国経済にまで大きな影響が生じます。

 サムスンの影響力の大きさに関して、経営評論家の加谷珪一氏は、以下のように論評していました。

 サムスン電子の2015年12月期の売上高は約206兆ウォンであり、同社が生み出した付加価値は77兆ウォンに達する。同じ年の韓国におけるGDPは1559兆ウォンなので、サムスン1社で全GDPの5%を生み出している計算になる。韓国経済のかなりの割合が、こうした財閥系企業の活動によって支えられているのだ。ちなみにトヨタが1年に生み出した付加価値は約5兆円であり、日本のGDPは約500兆円なのでトヨタの占める割合は1%である。

( ironna 「サムスン不振で見えた「未成熟」韓国経済と日本の実力差

 サムスンは1938年に創業し、グループを巨大企業に育てた2代目の李健熙会長が2014年に心筋梗塞で倒れて以来、長男の李在鎔氏が副会長として、事実上のトップを務めています。

 今回は、その14年~15年までの間の経営権の承継に際して、贈賄等の不正行為の容疑がかけられました。まさにサムスングループの一番、中核の部分に検察の攻撃が加えられたわけです。

 有罪となればまさにトップ不在。日経朝刊(2017年2月18日付:1面)では「グループから巨額の配当を受け取る李容疑者は世論の風当たりが強いこともあり、1~2か月での釈放は難しい」「5つの容疑は10年以上の懲役を受ける可能性さえある」とも報じています。

 同記事によれば、李容疑者とその父・李健熙会長はグループの中核であるサムスン電子の株を少ししか持っていないため(父子合わせて5%以下)、敵対的買収への対策として「サムスン電子を事業会社と持ち株会社に分割したうえで、李容疑者が17%を握るサムスン物産と持ち株会社を合併させる案を検討。自社株を使い、李容疑者が合併新会社の持ち株の20~30%を握る」案を検討していましたが、野党陣営はこれを不可能にする商法改正を検討しているようです。

 この事件は、仮に逮捕だけで済んでも、その間はサムスンの重大な意思決定に遅滞等が生じかねないため、同グループに重大なリスクをもたらします。

トップ不在のサムスンで何が起きる?

 しかし、「巨大グループなんだから、トップが一時期いなくても組織を回す人材がいるんじゃないの?」「集団指導体制とかでまとまるんじゃないの?」という見方もあろうかと思います。

 これに対して、CNETジャパンの坂和敏氏が以下のような異論を述べています(2017/2/18「サムスンにとって『強いトップの不在』が大打撃になりかねない理由)。

 部品調達を例にとると、サムスンはグループ内だけで調達を行わず、グループ内外で行い、「兄弟会社だから買ってもらえる」という甘えを排しています。また、サムスン内ではスマホ端末をつくる部門とappleに部品を供給する部門がありますが、後者が頑張ってよい製品をつくれば、前者も負けるものかと品質向上に務めます。こうした形でグループ内企業が緩まないよう切磋琢磨しているわけです。坂和氏はこうした例をあげ、グループ内企業の競争が足の引っ張り合いにならないよう、トップの意を汲んで調整する「企業戦略室」が重要だと指摘しました(※以下、英字メディア「Vox」の記事を参照しながらの指摘)。

(「企業戦略室」は)上級幹部の人事権をもち、各社・各部門間の利害調整を図る重要な部門・・・グループ内部での足の引っ張り合いや衝突などを防ぐのもこの企業戦略室の役割で、有望な社員は幹部候補としてここに引っ張られ、グループ全体と会長個人に対する忠誠心を養ったのち、各事業会社に財務や人事の担当としてふたたび送り込まれる。そうして企業戦略室と連携しながら、各社の幹部が利己的な行為(グループ全体にとってマイナスとなる行為)に走らないよう目を光らせている(見方によってはLee一族の経営に関する親衛隊といえなくもない)。

 この企業戦略室には様々な幹部候補の社員が集いますが、それを統括しているのは、当然、李副会長です。李副会長がいなくなれば、まとめ役不在になり、各社から出てきた「幹部候補」が自分の出身企業の意向を汲んで動くだけになり、経営の全体観が失われる可能性が出てきます。

 日本の官邸でも各省出身者が様々な「省益」を背負い、様々な意見を述べていますが、これを統括する官邸のリーダーシップが失われると「国益」度外視の政治になりがちです。これと似たようなことが起きかねないわけです。 

 そして、李容疑者に有罪判決が下された場合は、トップ不在の長期化が確定するため、次の権力掌握のための戦いが本格化してくるでしょう。

 こうして見ると、トップ不在の時期が短期で終わるのか、それとも長期にわたるのかで、サムスングループの未来図も大きく変わることになりそうです。