読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

インドネシアのジョコ大統領の素顔と安倍首相との会談のゆくえ 

f:id:minamiblog:20170115195517j:plain

(ジョコウィ氏の母校・ガジャマダ大学。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

  1月15日にはインドネシアを訪問中の安倍首相とジョコ・ウィドド大統領との間で首脳会談が開催されます。

 ジョコ大統領のニュースはたまに流れますが、その人物像はあまり知られていないので、この機会に同氏の情報やインドネシアの現状などを紹介してみます。

インドネシアのジョコ大統領ってどんな人? 庶民派とも言われるが・・・

 2014年10月にインドネシア大統領に就任したジョコ・ウィドド氏は1961年に中部ジャワ州にあるスラカルタ(ソロ)市で生まれました。まだ53歳(誕生日は6/21)なので、各国の大統領の中では若い方です。

 趣味はロック音楽で、グーグルで検索するとカジュアルなシャツを来た姿が出てきます(顔つきは何となくオバマ氏と似ている)。

 スラカルタ市の貧しい大工の家に生まれ、父の家具工房を手伝いながら小中学校に通学していました。

 高校進学時の志望校への受験等を経てガジャ・マダ大学林業学部に進学し、木材加工を研究しました。この大学を24歳の時(1985年)に卒業し、木工業の会社に勤めましたが、そこではうまくいかず、叔父の木材会社に勤務。その後、自分で家具製造と輸出を行う企業をつくりました。事業経営でも倒産と再建を経ながら二男一女を育てています。経歴を見ると、かなりの苦労人という感じがします。

 その後、31歳頃にインドネシア商工会議所のスラカルタ支部鉱業エネルギー部長に就任(1992~96年)。41歳頃からインドネシア家具手工芸品協会会長(2002~07年)を務めています。

 政治家としては、44歳(2005年)の時にスラカルタ市長に就任し、2010年に再選されています。市長時代には、スラカルタ市を観光都市として盛り上げ、ヨーロッパ方式の都市計画を採用したり、ジャワ文化を振興したりしました。ジョコ氏が市長をしていた頃、スラカルタ市では2007年にワールドミュージックフェスティバルを開催したりもしています。

 そして、市長ニ期目の途中で州知事選に出馬し、51歳(2012年)の時にジャカルタ首都特別州知事に転じました。知事時代には福祉政策に力を入れ、低所得者向けの無料医療サービス制度の導入等を行っています。

 やや慌ただしいのですが、2014年に知事一期目の途中で辞任し、2014年のインドネシア大統領選に出馬しました。40代後半から一気に弾みがついてトントン拍子に大統領まで昇りつめています。このあたりは機を見るに敏だったと言うべきなのでしょう。

ジョコウィ氏は汚職撲滅や貧困層への社会福祉を重視

 ハンフィントンポストの記事を見ると、以下のような記述が目につきます。

ジョコ氏は国内では映画スター並みのファンがいる。大統領選では、行政の透明性を高めて汚職をなくし、農村振興や教育制度の充実で経済の底上げを図ると強調。経済成長率7%を達成すると訴えた

(「インドネシア大統領選、当選したジョコ・ウィドド氏はどんな人 政権の汚職・インフラ不足が課題」2014年7月23日)

 当選時には、清廉な庶民派のイメージと貧困層対策で人気を博し、見事、大統領選に勝利したと各紙で報じられていました。

 外務省の資料(「インドネシアの新政権について」2014年12月)では、インドネシアでは「貧困率は低下するも,貧困層は依然多数」であり、2010年時点で「人口の約46%が1日の所得2ドル未満」に置かれていたとも書かれています。

 この資料は2004年から2013年までで「国民一人当たりGDPは3倍に」なった(1160ドル→3480ドル)と記していますが、貧困層の1日の所得水準が低すぎることと、一人当たりGDPは平均値でしかないことを考えれば、貧困層はいまだ多く、成長の分配が民衆に期待されたと考えるべきなのでしょう。

インドネシアの政権交代の歴史

 庶民派大統領が出、国民の人気を博している理由は、インドネシアの歴史を見ないと分かりにくいところがあります。

 ジョコウィ氏を支援したのは2001年~04年まで大統領を務めたメガワティ氏です。インドネシアでは軍人出身の政治家が大統領になることが多く、ジョコウィ氏の対抗馬だったプラボウォ・スビアント氏(62歳)はもともと陸軍の高官(戦略予備軍司令官)でした(得票率はジョコウィ氏53.15%:プラボウォ氏46.85%)。

 ジョコウィ氏の前任者にあたるユドヨノ大統領は軍人出身で2004年~14年までの長期政権を敷き、国の安定と経済成長を実現しましたが、不人気な人事(宗教相に宗教的な少数派を軽視する人物をあてたと言われている)や政敵を汚職捜査で陥れた疑惑などが浮上し、新しく台頭してきたジョコウィ氏に敗れています。

 元軍人の政権が長く続いたので、政界に新風を吹き込む人材として、ジョコウィ氏に国民が期待をかけたわけです。

 この構図はジョコウィ氏を支援したメガワティ元大統領(2001~04年まで就任)が当選した時にも似ている面があります。

 第二次大戦後、建国の祖となってインドネシア独立を実現したのはスカルノですが、この人をクーデターで倒したのはスハルト将軍です。スハルトは1967年から98年まで超長期政権を敷きました(この人の政治は民主的ではないが経済成長が続くという「開発独裁」のモデルになった)。スハルト没後、経済や科学技術等の内政に長じたハビビ大統領(98年~99年)から元陸軍大将のワヒド大統領(1999年~2001年)へと政権が継承されたのですが、この政権は腐敗や賄賂などの深刻化が問題視されます。

 そこで、当時、野党だったインドネシア民主党を率いるメガワティ氏(この人はスカルノとその第一夫人ファトマワティの長女)が政界に新風を吹き込む人物として期待され、大統領となりました。メガワティ氏は社会福祉を重視し、親日的な軍人政権とは違い、親中的な外交を進めています。

 インドネシア人には「元軍人の政権=悪」というイメージはないとも言われますが、同国では、元軍人の長期政権が続くと、社会福祉を重視するソフトなイメージを持った人材が待望されるようです。

安倍・ジョコ会談の話題は何? 貿易・投資・安保協力あたりか?

 インドネシアは天然ガスや石炭などの資源が豊富なだけでなく、食材(海老や生姜等)や木材の輸出も盛んであり、物資が運ばれる海上交通路(シーレーン)に位置する重要な国です。

 そして、若い層が多い2.5億人の人口を誇るインドネシアは次の大国となりうる有望国とも見られています。人口の8割がイスラム教徒ですが、世俗国家なので、イスラム教が強制されることはないため、イスラム教徒と他の文化圏の橋渡しができる重要な国でもあります。

 2010年~15年の実質GDPを見ても、4.8%~6.4%という高水準なので、今後の可能性が期待されているのですが、近年は日本との貿易額が減少しているようです。

 そのため、1月15日の首脳会談では日本とインドネシアの経済連携協定(IJEPA)や両国の関税引き下げに関して協議が行われるとも言われています。

 ジャカルタポストの記事(2017/1/10)では貿易額減少と日本からの投資について、以下のように述べていました(※投資額は増加している)。

国際貿易センターの貿易地図のデータによれば二国間の輸出入総額は531.4億ドル(2015年)から312.7億ドル(2011年)へと41%ほど減少した。

Total exports and imports from the two nations have declined steadily by a total of 41 percent to US$31.27 billion in 2015 from $53.14 billion in 2011, according to data from Trade Map of International Trade Center.

この期間に日本へのインドネシア製品の出荷は46.5%ほど急落している。これは全体の輸出額の総額の減り具合(33%)よりもはるかに多い。

Shipments of Indonesian products to Japan plunged 46.5 percent during the period, outpacing the 33 percent drop in the country’s overall exports.

日本のインドネシアへの投資は150億ドル(2011年前半期)から290億ドル(2016年前半期)へと着実に増加している。16年と15年はほぼ総額は同じだ(インドネシアに投資している国の中では日本は第二位に位置する)。

Japan’s investment in Indonesia, the second largest foreign investor in the country, steadily rose from $1.5 billion in 2011 to $2.9 billion in the first six months of 2016 — equal to the total amount throughout 2015.

(Stefani Ribka ”Japan, Indonesia target trade revival” The Jakarta Post, January 10, 2017)

  この記事では、日本は農業と漁業の関税を下げ、インドネシアが以前に失敗した自動車関税の引き下げについて議論したほうがよいとも書かれていました。

 日本とインドネシアの経済連携協定(IJEPA)に際しても、TPPの時と同じ議論が浮上しているようです。

 そのほか、ジョコ大統領は、大統領選の勝利演説で「世界の海洋国家の軸となるインドネシアを目指す」「大海、海、海峡、湾は我々の文化の将来である」とも述べています(外務省「インドネシアの新政権について」2014年12月)。

 14年11月の安倍首相との会談でも海洋における「法の支配」を重視する方針を示しており、南シナ海南端のインドネシア領ナトゥナ諸島沖で中国船がたびたび出没しているので、安全保障面での協力に関しても日本と議論がなされるとも見られています。

f:id:minamiblog:20170115195539p:plain

※CIA作成の地図。出所はWIKIパブリックドメイン画像

 インドネシア近海(EEZや領海等)への中国船侵入に関しては、刺青入りの女傑であるスシ海洋・水産相が拿捕後の爆破を決断し、この問題が世界に知られることになりました。

(※詳細は産経ニュース「違法操業した外国漁船を次々爆破…インドネシアの女傑 スシ海洋・水産相の素顔に迫る」2016.5.6参照)

 ジョコ氏は親中派のメガワティ氏の支援を受けて当選しましたが、海洋安全保障に関しては、中国に厳しい姿勢を打ち出しています。

日本・インドネシア首脳会談の結果

 15日の首脳会談の結果が時事ドットコムの記事(1/15)で報じられています。

 南シナ海問題で、両首脳は「法の支配や紛争の平和的解決の重要性」を確認。両国の外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2)を今年中にジャカルタで開催し、具体的な協力について協議していくことで一致した。同会議は2015年12月に東京で開かれて以来となる。

 また、海上自衛隊の救難飛行艇US2などの輸出を念頭に、首相は防衛装備品・技術移転協定の締結交渉加速を呼び掛けた。中国漁船の違法操業事案のあった南シナ海・ナツナ諸島周辺での水産分野の協力も提案した。
 首相は新規の経済協力として、海岸保全やかんがい施設整備のため、円借款を含め総額約740億円の供与を表明。また、既存鉄道(ジャカルタ-スラバヤ間)の高速化支援や、昨年5月に合意した西ジャワ州の新港整備を加速させる考えも伝達した。

(時事ドットコム「日インドネシア、南シナ海で連携強化=沿岸警備や離島開発を支援-740億円供与」1/15)

 南シナ海を巡る海洋安全保障での協力、インフラ投資等が話題に上ったもようです。

 インドネシアは結局、高速鉄道を中国から導入しましたが、次の日本からの投資分野はどこになるのかが気になるところです。

追記:その後、安倍首相はベトナムを訪問

  その後、1月16日にはベトナムで安倍首相と最高指導者であるグエン共産党書記長らとの首脳会談が開催されました。

f:id:minamiblog:20170116104742j:plain

(ベトナムの風景。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

 

 ベトナムの指導部は最高指導者のグエン・フー・チョン共産党書記長(72)、チャン・ダイ・クアン国家主席(60)、グエン・スアン・フック首相(62)の三名からなり、党内序列で言えば、国家主席が第二位、首相が第三位となります(主に国家主席は外交や安全保障を司り、首相は内政を担当)。

 指導部にグエンさんが二人もいるので、ややこしいのですが、ベトナムでは人口の4割がグエンさんだとも言われているので、その比率が指導部にも反映されたのかもしれません。

 生活情報サイトのVIET JO lifeでは、「ベトナムの姓、国民の4割がグエンさん」という記事を掲載し、「ベトナムにきて最初に戸惑うことの一つが名前。会社でスタッフの名簿を見ると、ずらりと並ぶ「グエン」さんたち。いったい、どうやって呼び分ければいいの?」とも書いています。グエンさんのほか、チャンさん、レさん、ファムさんも多いらしく、指導部を見ても国家主席にチャンさんが座っています。

 グエンさんが重なっているので、新聞記事等ではグエン共産党書記長、フック首相七度と書き分けられているようです。

ベトナムの指導部の3人はどんな人?

 まずは、ベトナムの3人の指導部の人物像を見てみます。

 ベトナムの政治では、党書記長が一党独裁の共産党を仕切り、国家主席が軍事・外交を担い、首相は経済政策等の内政を担うことになっています。

 経済面は開放されてきていますが、政治面では一党独裁なので、ベトナム共産党の中央委員や政治局員にならないと政治面では出世ができません。

グエン・フー・チョン書記長の経歴

 現在72歳のグエン氏は1944年4月14日にハノイの貧しい農家に生まれます。

 ベトナム戦争中に大学生活を過ごし、23歳の時(1967年)にハノイ総合大(現ハノイ国家大)を卒業しました。この年に共産党に入党し、党機関誌「共産雑誌」の編集局員を務めています。その後、29歳の時(1973年)にグエン・アイ・クォック党高級学校政治経済学部大学院に入り、37歳でソ連に留学しました。

 1981~83年にソ連社会科学アカデミーに留学し、そこで助教授を務めた後、39歳の時に政治学の博士号を取得し、帰国しました。

 20代から300代までは研究や教育に力を注いでいます。

 その後、1991~96年まで「共産雑誌」の編集長を務め、48歳の時に党中央委員に就任しました。

 50代になると、政治の仕事が増えてきます。

 54歳の時(1996年)にハノイ市党委員会副委員長に就任し、翌年にはハノイ市党委員会委員長になりました。

 そして、55歳で党政治局員に昇格(党中央科学・教育委員会代表を務める)。

 62歳の時(2006年)に国会議長となり、2011年以降(この時69歳)、現在まで党書記長を務めることになりました。

 チョン氏は1994年、1995年、2003年、2008年、2015年に訪日しており、2015年には歴史的な訪米を果たし、オバマ大統領との会談を実現させています。

 人柄としては実直で誠実、調整型などとも評されていました。

 就任前には当時、有望視されたズン首相の去就の問題があり、産経ニュースの記事ではその経緯が説明されていました。

 南シナ海問題で中国と対立した実質ナンバー2の「改革派」、グエン・タン・ズン首相(66)の去就が注目されたが、退任が決定。保守派の最高指導者、グエン・フー・チョン書記長(71)が留任する。米中など対外関係や党内の世代交代に配慮したバランス人事となった。

 チョン氏は5年間の任期途中で退任する見通しとされ、AP通信は今回の人事について、書記長昇任が有力視されたズン氏に引退を納得させるための「妥協」が図られたと伝えた。

 ズン氏は過去10年にわたり改革を進め、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加も決め、実業界などから高い評価を得た。しかし、党内長老など保守派がズン氏への権力集中と急激な改革を懸念。「集団指導者の1人」を自任するチョン氏の留任で、党内がまとまった。

(産経ニュース「ベトナム共産党、新指導部発足 米中に配慮しバランス人事 トップ留任、中国と対立した首相は退任」2016/1/28

 当時、ズン首相は経済面で実績を挙げ、中国とも対決したのですが、突出しすぎたせいか、党内から十分な支持が得られず、書記長にはなれなかったのです。

 書記長と他の役職の違いが分かりにくいのですが、チョン書記長はベトナムにおける長老的存在のように見えます。 

チャン・ダイ・クアン国家主席の経歴

 チャン国家主席は1956年10月12日にニンビン省に生まれました。

 16歳の時(1972年)に人民警察学院に入学し、その後、内務省文化外語学院に進学。その後、内務省で仕事を続けていきます。

 25歳から30歳頃(1981~86年)に安全保障大学で学び、1987年(31歳)から参謀部長などを務めました。

 1990年以降、参謀安全保障局で要職をこなすかたわら、グエン・アイ・クオック学院やハノイ法律大学で学問を積んでいます。

 その後、1996年に参謀安全保障局局長等の要職に就任しますが、この頃にもホーチミン国家政治学院で学問を並行しました。

 2000年(44歳)には公安省党委員会副書記、安全保障総局副総局長に任命されます。

 2006年(50歳)に少将となり、公安次官や党中央委員に就任し、翌年には中将に昇進しました。

 そして、55歳の頃(2011年)に政治の世界に参画します。まずは党政治局員となり、その後、ニンビン省から国会議員に当選しました(公安大臣に就任)。

 56歳で大将になり(2012年12月)、2016年に国家主席となったのです。

 公安や軍に関わる要職につき、仕事のかたわら学問に励んだ人生のように見えます。97年と13年に訪日したこともあるようです。

 経歴を見て、「軍人なのに政治局員を務めるのは、どういうことだ?」という疑問を持たれた方もいるかもしれません。

 社会主義国家では軍隊は国の軍隊というよりは「党の軍隊」という位置づけになりますので、グアン国家主席も「政治局員」を経験しています。

 共産党が軍を支配するために、一定の数の政治局員を軍に配置するシステムがあるわけです。

 これは、西側の民主主義国の住人には理解しにくいのですが、旧ソ連の原潜を舞台にした「レッドオクトーバーを追え」という小説(映画化もされている)では、潜水艦の艦長以下の軍人一同を監視する中央政府からのお目付け役として「政治局員」が描かれています(政治局員を暗殺し、潜水艦レッドオクトーバーが暴走するという筋書き)。

 要するに、政治的な力を持った軍のお目付け役だと考えれば分かりやすくなるのかもしれません。 

グエン・スアン・フック首相の経歴

 グエン・スアン・フック氏は1954年7月20日にクアンナム省で生まれました。

 1973年(19歳)にハノイ国民経済大学に学び、1978年(24歳)に卒業後、クアンナム=ダナン省経済管理委員会幹部を務めています。

 1980年(26歳)からクアンナム省人民委員会で仕事を始め、国家行政学院で行政学を学んでいます(ベトナム共産党に正式加入したのは1983年)。

 90年代にはクアンナム省人民委員会、同省委員会の常務委員会等の要職を歴任し、1999年(45歳)にクアンナム省人民委員会主席となりました(04年まで)。

 その後、2006年(52歳)で党中央委員となり、政府監察院副総裁に就任。

 政府官房筆頭副長官(2006年)から政府官房長官(2007年)に昇格します。

 2011年に党政治局員となり、クアンナム省から国会議員として選ばれました。同年に47歳で副首相となり、2016年に首相となったわけです。

 過去、2004年、2011年、2012年、2014年に訪日もしています。

 フック氏は2011年以降、前任者のズン首相を副首相として支えたので、経済開放路線(ドイモイ)や親日外交等は今後も継続されると見られています。

ベトナムへの最大の援助国・日本はどう動く

 ベトナムは社会主義国でしたが、冷戦の終わり頃から中国と同じく経済面での開放政策(ドイモイ)を進めました。

 1986年の第6回党大会で市場経済システムの導入と対外開放からなるドイモイ(刷新)路線を続けています。

 90年代には経済が好転し、1995~96年には9%台の経済成長率を記録しています。その後、アジア経済危機でダメージを受けたものの、2000年~2010年の平均経済成長率は7%台となり、高成長を続けました。

 世界銀行のデータで実質GDP成長率を見ると、以下の数字が出てきます。

  • 2010年:6.4%
  • 2011年:6.2%
  • 2012年:5.2%
  • 2013年:5.4%
  • 2014年:6.0%
  • 2015年:6.7%

 外務省HPのデータによれば、2015年にIMFが推計したGDPは約1988億ドル、一人当たりGDPは2171ドルです。ベトナムは中所得国となり、2007年にはWTOに正式加盟し、TPP交渉にも参加しています。

 ベトナムの国土面積は32万9241平方kmなので、大きさとしては日本(37万8000平方km)よりも少し小さいぐらいです。国連人口基金によれば人口は9340万人なので、それなりの規模がある国だと言えます。

 日本は1992年から経済協力を再開し、ベトナムにとっての最大の援助国になっています。外務省HPに記載された円借款、無償資金協力、技術協力の値を足すと、2010年~14年で日本は以下の金額のODAをベトナムに供与しています(端数切捨て)。

  • 2010年:972億円
  • 2011年:2860億円
  • 2012年:2131億円
  • 2013年:2117億円
  • 2014年:1215億円

 近年は南シナ海問題をめぐって中国との対立が深まりましたが、ズン首相がいた頃の対立・緊張路線を弱め、最近は宥和路線を出してきています(フック首相は領土で妥協はしないとは言っていますが)。

 1月12日にはグエン・フー・チョン書記長が訪中し、習近平主席と北京で会談しています。中国側は紛争棚上げと共同開発を訴え、中国側への取り込みを意図しているので、16日の安倍首相のベトナム訪問では、同国にどのようなアプローチを切り出すのかが注目されています。

 ベトナムは中国の軍事的な台頭に警戒を強めていますが、中国経済の影響も強いため、中国との経済的な利害関係も常に意識しています。同国としては日本からも中国からも経済的な利益を引き出したいはずです。

日越首脳会談ではTPP発効に向けた連携や海洋安全保障強化で合意

 安倍首相はこのたびの東南アジア歴訪では、トランプ政権の成立を視野に入れ「アジア太平洋の平和と安定」のために、各国を巡り、海洋における安保防衛協力の強化を訴えています。

 そして、1月16日の日越首脳会談ではTPP発効に向けた両国の連携や南シナ海の警備能力の強化に向けて合意がなされたことが、日経電子版(「日越首脳、TPP発効へ連携 巡視船6隻供与 」2017/1/16)で報じられています。

「【ハノイ=上林由宇太】安倍晋三首相は16日、ベトナムのハノイでグエン・スアン・フック首相と会談した。環太平洋経済連携協定(TPP)の早期発効で両国が連携し、自由貿易体制を維持する方針で一致。安倍首相は中国が進出を強める南シナ海の海上警備能力の強化に向け、新造巡視船6隻を供与する方針を表明した。インフラ整備など新たに約1200億円の円借款実施も伝えた。」

「日中韓やインド、東南アジア諸国連合(ASEAN)などが参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の妥結に向けて連携を強化することも申し合わせた。」

 日本が海洋警備のために四カ国と協力の合意を交わしたのは、南シナ海問題への予防線を張る上で重要ですが、TPPに関しては不安の陰がよぎっています。

 トランプ氏は大統領就任初日にTPPから脱退すると述べ、貿易不均衡是正や高関税発動に関しても威嚇的発言をくりかえしています。

 安倍首相は関係国と協力しながらトランプ氏も説得できると考えているのかもしれませんが、果たして、それはうまくいくのでしょうか。

 このあたりに関して、言葉だけは踊っていますが、何とも言えない不透明感が漂っているように思えてなりません。