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ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

「一つの中国」を巡り、トランプVS習近平のバトル開始 蔡英文中米訪問を巡って

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(台湾・蔡総統が立ち寄ったヒューストンの風景。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

  トランプ氏がウォールストリートジャーナル(WSJ)のインタビューで米中関係の原則とされてきた「一つの中国」に捉われず、全てを交渉材料として見直す方針を示したことに、中国側が反発しています。

 一つの中国というのは、台湾を中国の領土と見なし、「中国」という言葉で代表できる国は一つしかないとする考え方です。この原則に基づき、アメリカは中国大陸にある「中華人民共和国」とのみ正式に国交を結び、台湾にある「中華民国」とは非公式な付き合いに止めてきたのですが、トランプ氏は、中国に対して、ここまでさかのぼって米中関係を根本的に見直す可能性があるという警告を出しました。

 この発言に対して、中国外務省の陸慷報道官は「『一つの中国』という原則は中米関係の政治的基礎だ。これは話し合うことができない」と反発しています。

 1月7日~13日の日程で台湾の蔡英文総統が中部アメリカの四カ国を訪問し、初日にヒューストン、最終日にサンフランシスコを訪問していた時期(※台湾近海には中国空母が出没中)に米中の論争が本格化したことは、2017年に米中関係が根本的に変わる可能性があることを示しています。

 今日はこのややこしい問題について考えてみます。

トランプ氏の手元に、中国を威嚇するカードは何枚あるのか?

 WSJインタビューでのトランプ大統領の発言を見てみます(産経ニュース「一つの中国」は交渉対象 歴代政権の原則に縛られず トランプ氏が米紙インタビューで強調 2017/1/14)

 トランプ氏は、中国に対する米国の貿易赤字や「中国による意図的な通貨切り下げ」を問題視。「一つの中国」原則を前提としないことをテコに、貿易や為替をめぐる中国との交渉で前進を図る考えを示した。

 元安によって米国企業の競争力が損なわれていると指摘する一方、中国の「為替操作国」認定に関してはただちに実施することはないと発言。大統領就任直後に認定するとの主張を後退させた。

 中国が昨年12月、トランプ氏と台湾の蔡英文総統との電話協議に反発したことについては、「米国は昨年、台湾に約20億ドル(約2290億円)の軍事装備品を売っている。(蔡氏の)電話を受けないのはとても失礼なことになる」と反論した。

 1月11日(米国時間)の記者会見では米国の弱みに付け込んでいる中国に高関税をかけると述べましたが、それに続いて、「一つの中国」の見直しも辞さない方針を出し、トランプ氏は中国に自国に有利な条件を呑ませようとしています。就任直後の「為替操作国」認定を後退させたのは、猶予期間を設け、交渉の幅を持たせるためでしょう。 

 台湾への武器売却は、議会が「台湾関係法」を1979年に制定して以来、ずっとアメリカが取り続けてきた政策ですが、オバマ政権は最新型F16戦闘機の売却に尻込みしていました。米国から台湾に新型兵器をどんどん売れば、中国への威嚇の材料になりますし、実利にもなります。

 昨今の報道を見るだけでも、トランプ氏には、今後、中国と貿易不均衡是正の交渉を行う上で、1)「一つの中国」の見直し、2)中国製品への高関税、3)「為替操作国」指定、4)台湾への武器売却促進、という4つのカードが手元にあることが分かります。

※このWSJインタビューでは、そのほか対露制裁解除を示唆する発言等が出てきています。以下、読売朝刊1面(2017/1/15)。

「もしロシアとうまく付き合え、ロシアが本当に我々に役立つならば、なぜ制裁を科すのだろうか」(※その後、IS殲滅でロシアと協力すべきとの発言が続く)「彼ら(ロシア)は私に会いたいと思っており、それは私にとっても大歓迎だ」 

蔡英文総統は中米訪問と同時期にクルーズ議員らと接触

 台湾ではトランプ氏の「一つの中国」見直しに期待する声もありますが、中国との交渉カードの一枚とされるだけで満足できるはずがありません。 

 ニュースサイトの「台湾フォーカス」では、これに関する台湾総統の発言も紹介されていました。これはエルサルバドルでの発言です(蔡総統、「我々は小国ではない」 交渉カード化への懸念払拭 2017/01/14)

(蔡総統は)台湾が米国と中国大陸の「交渉カード」になる恐れがあるとの懸念が出ていることについて、「我々は国力からいえば、小国ではないということを忘れてはならない」と述べ、新しい国際情勢への対応に自信を示した。

 蔡総統は、昨年6月の南米パラグアイ訪問時、同国のカルテス大統領から「あなたの国はあなたが想像するよりも大きい」と告げられたと語った上で、「我々は一定の実力を持った国家であり、周辺諸国・地域や、重要な友好国との関係を処理する能力を有している」と指摘。その過程で最も重要なのは台湾の利益であり、民意だと強調した。

 蔡英文総統は7日にテキサス州のヒューストンに到着し、中央アメリカにあるホンジュラス、ニカラグア、グアテマラ、エルサルバドルを歴訪し、13日にカリフォルニア州サンフランシスコに立ち寄っています。台湾には15日に帰国します。

 ヒューストンではテキサス州のグレッグ・アボット知事や同州選出のクルーズ上院議員(※共和党候補者の座を巡ってトランプ氏と争った人物)、トランプ政権入りが有力と見られているランドル・シュライバー元国務次官補代理と会談したことが報じられているので、今後、13~15日の動静に関しても新しいニュースが出てきそうです。

 オバマ政権はアーネスト報道官を通して現状維持のメッセージを送って事を波立てずに逃げ切りを図ろうとしています(産経ニュース:米報道官「米国の台湾政策変わらず」 蔡英文総統と米議員の接触で強調 2017.1.10)。

 アーネスト氏は、中国と台湾は不可分の領土とする「一つの中国」原則が米国の安全保障に有益だと強調。「だからこそオバマ政権は歴代米政権と同じように『一つの中国』政策を踏襲してきた」と述べ、原則に縛られない考えのトランプ次期大統領をけん制した。蔡氏とクルーズ氏の接触は「クルーズ氏側が主導したと理解している」と述べ、オバマ政権は関与していないと述べた。(共同)

 オバマ政権は中台関係に関しては”CHENGE”も”YES WE CAN"もなく、中国を刺激しない範囲で小規模の台湾への武器援助を行っただけでした。

 国内政策の勇ましさに比べると、やる気のなさが8年の間、際立っていたのですが、トランプ政権への転換により本年からこの問題が急浮上する可能性が強まっています。

そもそも、「一つの中国」とは何?

 しかし、この「一つの中国」云々の議論は分かりにくい話です。

 そのため、この「一つの中国」が出てきた経緯を「中華人民共和国」と「中華民国」の歴史から考えてみます。

 この両国は第二次大戦の終了後、中国の覇権を巡って戦い、破れた側の蒋介石率いる中国国民党は台湾に上陸。国民党の祖である孫文が築いた中華民国政府を台湾に移しました。中国共産党は北京で中華人民共和国の樹立を宣言(1949年)。

 どちらも自分たちこそが中国唯一の正統な政府だと主張し続けていました。冷戦初期にアメリカは第二次大戦以降も中華民国を支援し、ソ連は中華人民共和国を支援しましたが、毛沢東が核開発を本格化させたことに伴い、中ソ対立が出現。

 この頃、ベトナム戦争に挫折しながらもソ連に対抗するために、アメリカは中ソ対立に乗じようとしました。1970年代にアメリカは中華人民共和国と国交を樹立し、ソ連を牽制することを狙ったのです。

 中華人民共和国はアジア・アフリカの国々を取り込み、1971年に台湾に替わって国連代表資格を取得。その後、キッシンジャー訪中(71年)、ニクソン訪中(72年)を受け、1972年に日本、1979年にアメリカが中華人民共和国との国交を樹立します。中華民国と日米両国は非公式の関係を維持することになりました(米国は「台湾関係法」で中華民国への武器売却、有事の支援を行う)。

 中華人民共和国と中華民国はどちらも「中国は一つ」と主張していたので、アメリカも日本も片方にしか正式の外交関係を樹立していません。

 この「一つの中国」の原則からすれば、公式な外交関係を同時に二つの「中国政府」と結んだり、中国と台湾の両政府と結んだりできなくなります。

 今、中華人民共和国が声高に「一つの中国」を主張するのは、米国や日本と公式に外交関係を樹立できるのは自分たちだけだと訴え、中華民国よりも優位に立てる立場を護るためです。もともと、中華民国は冷戦初期に「一つの中国」に基づいて中華人民共和国を国際社会から排していましたが、70年代以降は、この原則を逆手に取られる状況が続いているわけです。

 本当にトランプ氏が「一つの中国」を行うとしたら、中華人民共和国と中華民国を同時に「中国」と認めるか(これは二つの中国)、中国と台湾という二つの国を認めるかのどちらかになります。

 「一つの中国」の論理では、台湾は中国の不可分の領土とされているので、前記の二ケースの場合、台湾が中国本土から分離もしくは独立したと見なされます。

 中華人民共和国の「反国家分裂法」では、この状況は国家主権の危機とされるため、自国領防衛という名目での戦争が台湾にしかけられる可能性が出てきます。

 こうした経緯で、台湾の蔡総統が米国に立ち寄る際にオバマ政権やトランプ氏周辺とコンタクトを取らないよう、中華人民共和国は空母を台湾近海に送って威嚇をかけたわけです。

 「一つの中国」は中国から台湾に逃げた国民党が唱えたものなので、もともと、台湾に住んでいた現地の民が度外視されています。そのため、台湾人の本音から言えば、中国と台湾という二つの国があるだけだ、という見方が多数派になります。

 しかし、それを台湾総統が公に発言した場合、戦争の危機が生じるので、蔡英文総統は「現状維持」を主張し、習政権とオバマ政権を刺激しない形で、自国の利益を護ろうとしています。

※中華人民共和国は1992年に中華民国とシンガポールで代表者の会談を行い、双方が「一つの中国」の原則を確認したとしていますが、現与党の台湾民進党は、この時、双方がそれぞれが異なる意味での「一つの中国」を述べ合っただけだと考えています。民進党は、台湾と中国は別だという立場です。

トランプ政権がどこまで本気なのかが問題

 中国は90年代半ばに李登輝総統の再選阻止を図るために、台湾近海でミサイル実験を含む大規模軍事演習を行いました。しかし、その時に米空母を含む艦隊がやってきたので踏みとどまらざるを得ませんでした。

 この雪辱を晴らすべく、中国は20年以上、延々と軍拡を続け、今では台湾の対岸に千数百発の短距離弾道ミサイルを並べています。

 そして、陸海空から数百発の巡航ミサイルを発射できる体制をつくっています(陸上発射台、爆撃機、潜水艦、護衛艦等から発射可能)。準中距離弾道ミサイルの東風21号を米空母攻撃用に改造するなど、軍事的威嚇にも余念がありません。

 大陸間弾道弾を移動式陸上発射台や潜水艦から米国に撃てる体制を強化しているので、かつてのようにアメリカも簡単に中国を抑止できず、先制攻撃用の大量のミサイルと戦闘機数の差が中台に大きな軍事的格差を生み出しています。

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(出所:平成28年度版「防衛白書」図表Ⅰ-2-3-8 中台の近代的戦闘機の数の推移)

 ・・・

 この状況でトランプ氏がもし一つの中国を見直すのならば、単に貿易の利益を増やすためだけでなく、政治・軍事面も含めた大きな国家戦略の見直しが必要なのです。

 これを行うのなら、さらなる米海軍の増強が必要なので、もっと軍事予算を増やさなければいけなくなります。

 近隣諸国と連携して中国の軍事的暴発を抑止するためにアジアの諸国とも連携を強化せざるを得ません。

 当初のトランプ氏の孤立主義とは矛盾するはずですが、同氏はこれからどうするのでしょうか。

 今後、対中外交と対台湾外交でどう動くかで、トランプ氏が単に貿易の利益額を増やしたいというだけの「ビジネスマン」なのか、それともアジアの平和と秩序を再構築する「政治家」なのかが明らかになると思うのです。