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ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

2016年の米大統領選とは何だったのか? トランプVSマスコミの終わらぬ戦い

国際 米大統領選 全記事一覧

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(大統領専用機:エアフォースワン。出所はWIKIパブリックドメイン画像)

  トランプ新大統領の記者会見が1月11日(米時間)に行われます。

 日本時間では1月12日(深夜1時~2時)となり、CNNサイトで視聴可能です。

 この記者会見はトランプ政権の方針を示す一大イベントなので、株価や為替への影響も含めて注目が集まることでしょう。

 今日の深夜から大騒ぎが始まる可能性があるわけですが、ここで、改めて、2016年の大統領選とは何だったのかということを、まとめ的に振り返ってみます。

 忙しい方も多いので、筆者の知人でも結構、途中経過を知らない人も多く、過程が一望できれば何らかの参考になるのではないかと考えました。

 長いレースでしたので、トランプ氏とヒラリー氏がそれぞれ共和党と民主党の指名を受け、本格決戦を始めた9月あたりから話を始めてみます。

 今回の選挙は大番狂わせの連続でしたが、トランプ氏の動きを見る限り、三つの常識破りの出来事が起きています。

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常識破り①:白人票獲得に舵を切った暴言戦略は大当たり

 今回の選挙では、ヒスパニック系への配慮を切り捨て、白人票獲得に重きを置いたトランプ氏のメディア戦略が大当たりしました。

 ピュー・リサーチ・センターが6月に行った調査によれば、ヒスパニックからの支持率はクリントン氏が66%、トランプ氏が24%。そして、トランプ氏は白人からの6割程度の支持率を集めていると言われています(産経 2016.9.22「家族引き裂くトランプ政策に危機感 フロリダ州、政治力を渇望するヒスパニック」)

 アメリカでは10年に一度、国政調査が行われますが、その統計を見ますと、ヒスパニックもしくはラテン系の人が増え、白人が減る傾向が出ています(以下、2000年の比率⇒2010の比率。2010年国勢調査)。

  • ヒスパニックもしくはラテン系:12.5%⇒16.3%
  • 非ヒスパニックもしくはラテン系:87.5%⇒83.7%
  • 白人(”White alone”という項目)の比率は69.1%⇒63.7%

 これは2010年のデータなので、今ではもっと白人比率が減っている可能性がありますが、トランプ氏は、アメリカが白人の国ではなくなりつつあることにいら立つ民衆に呼びかけています。ヒスパニックもしくはラテン系の人々の票を減らしてでも白人票獲得を目指したわけです。

 トランプ氏の暴言の破壊力により、予備選のライバルはノックアウトされてしまいます。そして、固定支持層を頼りにして、トランプ氏は本選に殴り込みをかけました。

常識破り②:圧倒的な資金量の差とマスコミの全面批判を覆した

 もともと、「勝てるはずがない」という下馬評の中から台頭してきたトランプ氏ではあるので、マスコミ支持やお金の量では、圧倒的にクリントンのほうが有利でした。

 産経新聞(2016/11/12:3面)によれば、全米発行部数上位100社のうち、トランプ氏支持は2紙のみ。クリントン支持はワシントンポストやニューヨークタイムス等を含む57紙です。

 お金に関しても、クリントン氏は6月時点でトランプ氏の32倍の選挙資金を集めていることが報じられていました。(「選挙資金、クリントン氏が圧倒=トランプ氏の32倍-米大統領選」時事通信2016/6/21)

「連邦選挙委員会の報告書によると、トランプ氏が集めた選挙資金は130万ドル(約1億3500万円)なのに対し、クリントン氏は4200万ドル(約43億8000万円)以上と、約32倍の差がついた。クリントン氏の政治資金団体「スーパーPAC(政治活動委員会)」は、これとは別に5200万ドル(約54億3000万円)を用意している。一方、トランプ氏には大口資金提供者がおらず、5月には自腹で選挙資金200万ドル(約2億円)を賄った」

 これだけの差を覆したわけですから、好き嫌いや良い悪いを別にしても、トランプ氏の勝利は、前代未聞の出来事だと言えます。  

 

常識破り③:共和党から十分な支持を得られない中での勝利

 トランプ氏が大統領候補者として正式に指名された後、共和党側ではゴタゴタが続いていました。トランプ氏に対して共和党有力者から不支持表明があいつぐ異例の事態が生じたからです。

 ヘイデン元CIA長官などの共和党政権元高官ら50人が投票せずと宣言した書簡を公開したり(トランプ大統領は「危険」共和党元高官50人が不支持2016/8/9 共同通信)、ウォールストリートジャーナルが大統領経済諮問委員会の元委員に行った調査で共和党の元委員17人のうち、トランプ氏の支持者がいないことが判明したり(不支持6名。「トランプ氏、歴代大統領の経済顧問にもファンなし」8/26)と、共和党有力者の厳しい反応が紹介されています。

 いちばん目を引いたのはライアン下院議長の不支持表明でしたが、その後、CNNでブッシュ元大統領(※父親:ジョージ・H・W・ブッシュ)が大統領選でヒラリー・クリントン候補に「私人」として投票すると述べたことが報道されました。

 これはジョージ・W・ブッシュ前大統領(※長男)やジェブ・ブッシュ氏(元フロリダ州知事)の不支持と共に大統領選の結果を占うヒトコマとして注目されました。

 過去の政権で仕事をした共和党有力者の反応が厳しかったのは、やはり、トランプ候補が当選した場合、自分が残した仕事が覆されてしまうからです。

 トランプ氏は、元政府高官や共和党の支持を十分に得られず、自分の本音に共鳴してくれる「民衆」の支持を頼りに9月26日、10月4日、10月19日の大統領候補討論会に挑むことになりました。

ヒラリーの誤算:テレビ討論会で勝っても最終投票で敗れた

 トランプ氏とヒラリー氏の第一回テレビ討論会は、米国時間で9月26日、日本時間で27日に開催されました。会場はニューヨーク市郊外にあるホフストラ大学、時間は90分で、その議題はアメリカ大統領候補討論会委員会によって、アメリカの進路(America’s Direction)、繁栄の実現(Achieving Prosperity)、アメリカの安全保障(SecuringAmerica)の三点に決められました。

 この第一回討論会は全米で8000万人以上が見たとされ、CNN世論調査では62%がクリントン氏勝利(トランプ氏勝利は27%)と回答しています。

第一回討論会の経済論争を見てみると・・・

 討論会を全部を取り上げるとあまりにも長いので、代表的な議論の一コマとして、こ第一回討論会の経済面の主張を取り上げてみます。

※以下、この節の「」内は、日本経済新聞電子版「米大統領選テレビ討論会の主なやりとり(1)」2016/9/27付から引用。

【税制】

 トランプ氏は富裕層減税を批判され(後述の引用部)、「富裕層を厚遇すれば、ビジネスが活性化する。雇用を創出することで、中間所得層に大きな恩恵を与えることができる」と反論しましたが、私は金持ちだと公言してはばからない同氏が言うとあからさますぎるので、選挙戦のPRとしては疑問が残ります。

 ヒラリー氏はこのあたりを見逃さず、「トランプ氏が主張する国民の上位10%(富裕層)の税金を削減するやり方では我々の経済成長はない。トランプ氏は非常に恵まれた人生を送り、お父様からもらった1400万ドルでビジネスを始めた。それとは対照的に、私の父は中小企業のオーナーだったが、働きに働いて事業を支えた」と指摘。

【貿易政策】

 貿易政策ではトランプ氏のほうが攻め込んでいます。もともとTPP推進、自由貿易推進の側にいたヒラリーは支持獲得のために反対側に変ってしまったからです。

 トランプ氏の「環太平洋経済連携協定(TPP)についてクリントン氏は当初賛成していたが、私が反対を表明したら、突然意見を翻し、反対に転じた」という批判に対して、クリントン氏の「貿易協定については様々な意見があるのは確かで、重要なのは国民の所得を拡大させることだ」という返答はどうも冴えません。

 経済学的には、比較優位の原則によって、二か国以上の貿易では、それぞれの国が得意分野に力を入れて生産し、モノを輸出入し合うことで取引額全体が増えるので、全体を見れば、必ずしもトランプ氏の主張の通り「富が奪われる」という形にはなりません。優位でない部門の産業では、売上が減って雇用が減るので、トランプの主張は、そこに焦点を当てているわけです。

 賃金が高いアメリカがメキシコやブラジルなどの新興国に負われる立場になるのはいたしかたがなく、今さら自由貿易をやめて高関税をかけたところでアメリカの競争力が回復するかどうかは疑わしいので、賃金が高いなら高品質の車をつくるしかないと筆者は思うのですが、選挙戦では、こうした経済合理性に基づいた主張は「冷たい」と評価されてしまいます。そのため、ヒラリーは選挙に勝つためにTPP賛成から反対にくら替えしたわけです。

 クリントン氏はトランプ氏の「過去30年間、職が我が国から逃げていくのを黙認してきた」という批判に対しては、かつての政策責任者として、もっと筋の通った返答をすべきなのですが、「貿易だけが我が国の経済に打撃を与えているわけではないが、貿易協定については専門家に問題点を挙げてもらう」などと話を濁しています。

第二回討論会前に一大スキャンダルが浮上

 全体的には、マスコミのほとんどはクリントン側につき、猟犬の群れが獲物を追うかのごとくトランプ包囲網の輪を狭めてきています。そして、同氏に不利な情報が次々と「爆弾」となって炸裂し、トランプ陣営はその火消しに追われました。

 その中でもっとも強烈だったのがワシントンポストの「一撃」です。

 トランプ氏が2005年に、TV番組「アクセス・ハリウッド」収録中に女性蔑視的な発言をしていたことがワシントンポスト紙(2016.10.8)に音声と映像で暴露されたのです。同氏は番組で男性一名とともに共演予定の女優を撮影会場に待合せ、会場に案内したのですが、同氏は女性が来る前に、男子ロッカー内で交わされるような公にできない会話をしていました。その内容が動画で放映されてしまったわけです。

 さしものトランプも、これはまずいと考え、今日中に急いで「私が悪かった」と謝罪したのですが、これはメラニア氏と結婚してから日も浅い頃の出来事だったので、大統領候補としてのモラルの欠如を内外から厳しく批判されることになりました。

 これに関しては、クリントン氏だけでなく、共和党のジェブ・ブッシュ氏やロムニー氏(12年の候補者)、プリーバス全国委員会委員長、ライアン下院議長からも批判が出、トランプ氏にとっては痛い一撃になりました。

※「米共和党、元議員30人が書簡でトランプ氏不支持を宣言」(CNN 2016.10.7)等、共和党内から厳しい反応がトランプ氏にはつきつけられた。

発言のブレで、トランプ氏は政策の信頼度が危ぶまれた

 副大統領候補討論会でペンス氏がプーチン氏を危険視する発言をした後、トランプ氏がプーチン評価を撤回しましたが、「イスラム教徒の入国禁止」に関しても、トランプ氏はこの主張を緩めることにしたようです。ペンス副大統領候補は、トランプ氏が今、この立場を取っていないと6日に述べたからです(産経2016.10.7「トランプ陣営が軌道修正、イスラム教徒の入国禁止」)

 ころころ政策がいつの間にか変わるのが気になるのですが、同氏が掲げる規制緩和についても、従来、10%削減としていたものが突然に70%削減にまで上がっていたりと、根拠不明な政策に関する発言が繰り返されています(ロイター2016.10.6「トランプ氏、米大統領に当選なら規制を70%廃止へ」)。

 トランプ氏は第一回討論会でクリントン氏がTPP反対から賛成に転じたことを批判しましたが、本人が本選投票前の一カ月前に政策を変えたり、根拠不明な数字を出したりしているので、とても人のことを言えた義理ではありません。

第三回討論会では司会者がやや公平になった

 ラスベガスで開催された第三回テレビ討論会(19日:日本時間20日)の司会者は共和党寄りのFOXニュースに属するクリス・ウォーレス氏だったので、それまでよりもアンチトランプ色が薄く、劣勢の中でトランプ氏もそれなりに反撃しました。

 討論の内容は今までと重複する部分する部分も多かったのですが、討論は今までやや言及が少なかった最高裁長官を誰にするか、という話から始まりました(以下、「」内は日経電子版「米大統領選第3回討論会 主な発言」〔2016/10/2〕から引用)。

 第三回討論会は、司会者がヒラリー寄りだった第一回と二回よりも中立に近い立場を取っていました。

 クリントン氏が「最高裁は、すべての米国人を代表するものであるべきだ。大企業やお金持ちの意見を反映するものではない」という、民主党の従来のスタンスを述べた後、トランプ氏が「最近の最高裁では、銃を保有する権利を認めた憲法修正第2条が尊重されていない」「中絶に反対するような保守的な価値観を持ち、憲法修正第2条を順守する人物を選ぶ」と発言しています。

 女性侮辱発言の釈明から始まった第二回に比べると、わりと普通の討論会の始まり方でした。その後の論題も、銃の保持や中絶といったよくあるトピックに移ったので、このあたりは司会者の配慮が働いているようにも見えます。

(クリントン氏は銃保持権は認めるが何らかの規制は必要、中絶は女性の権利という立場。トランプ氏は銃保持権の強力な擁護者で規制に反対。妊娠後期の中絶に反対)

 そして、やはり焦点になったのが移民問題で、トランプ氏は「クリントン氏は不法移民に米国に滞在する権利を与えようとしている。これは大惨事につながる。また何年間も待って正式に入国する権利を待っている人たちに対して不公平だ」「麻薬を持ち込む悪人をこの国から追い出さなければならない。国境警備を厳しくすべきだ。壁を作るべきだ」と持論を熱弁しています。

 これに対してクリントン氏は「トランプ氏は不法移民を強制送還すべきだと主張している」と指摘し、これをやったら「警察官などが学校や住宅、職場などを見回り、捕まえた人たちをバスなどに乗せて国外に連れ出す風景が日常になる。これはアメリカ本来の姿とは異なる」「国民が2分してしまう」と反論。

 そして、メール問題が相変わらず尾を引いているクリントン氏にとってはウィキリークスが出してくる過去の汚点に対して、何らかの防衛策が必要になります。

 同氏にとって都合がよいのは、ウィキリークスとロシアとのつながりを持ち出すこと。そして、これを盛んに言いたてるトランプ氏をプーチンの操り人形と印象付けることです。

「ロシアは操り人形としてトランプ氏を利用しようとしている。こんな人物に『核のボタン』を任せるわけにはいかない」

 クリントンにとって、プーチン氏はディベートの際に使える意外と有力なネタだったりするわけです。何か困ったことがあったら、プーチン氏のせいにすればよいので、外国の敵キャラというのは、政治家にとって意外と有用な存在なのです。

 これに対して、トランプ氏は操り人形説を否定し、「プーチン氏は優秀だ。クリントン氏はシリア問題など外交戦略では完全にプーチン氏に劣っていた」と主張。民主党政権がふがいないと考えている人の本音の代弁を試みました。

 そのほか、トランプ氏は日韓、独、サウジにアメリカに守ってもらう代価を払うべきと主張し、ビル・クリントン大統領以来の自由貿易路線を批判(NAFTA脱退)。減税を訴えています。これに対して、クリントン氏は同盟維持や中間層重視の経済政策、最低賃金引き上げなどを主張。

 結局はディスり合戦なのですが、その主張は以下の二つが代表的でした。

「クリントン氏は30年間政治に関与してきた。なぜ何もしなかったのだろう。あなたの下で国務省は60億ドルを喪失した。あなたが大統領になったらこの国が大混乱に陥ることは間違いない」(トランプ氏)

「私がウサマ・ビンラディン奇襲作戦をモニターしているその日に、トランプ氏はテレビのリアリティー番組に出演していた。この30年間にこの国のためにした行動の比較であれば喜んでしましょう」(ヒラリー氏)

 ヒラリー氏から見れば、30年間、政治活動をしていないあんたに言われる筋合いはないわよ、という主張になるわけですが、トランプ氏がリアリティー番組に出ていたのは、それが彼の当時のメインの仕事なんだから仕方がありません。

 討論会が終わった時の光景を見ると、クリントン氏はうれしそうな笑顔で会場から自分を支持してきた仲間のほうに歩いて行き、握手その他をしながら記者に勝利を印象付ける写真を取らせるためのアクションをしていましたが、トランプ氏はぶすっとした感じで会場に立っており、そこに息子や娘が集まってきます。

 こうして見ると、討論会自体はヒラリーの勝ちだったわけです。

 特に印象が悪かったのは、トランプ氏の女性侮辱発言の釈明で、結局、討論会終了後に選対幹部の二人が不満さくさくの記者たちの応対に追われています。

(メディアセンターに)「1回目の討論会ではトランプ氏自身も登場したが、女性蔑視発言への厳しい追及を恐れてか、この日は姿を見せずじまい。代わってトランプ氏の側近として知られるジェフ・セッションズ上院議員や元神経外科医のベン・カーソン氏らが防戦に追われた」(「女性蔑視発言、場外でも舌戦」日経電子版10/10)

 討論会でも司会者がなかなか納得せず、トランプ氏はビル・クリントン批判で話を逸らしただけだったので、結局、ヒラリーの「あなたは謝罪していない」という連呼に説得力を与えてしまいました。

(動画を見ると、討論会では「ロッカールームの会話なんだ」と言い訳しても、「いやいや、あんたの本音でしょう」という聴衆からの冷たい視線がトランプ氏に刺さっています)

討論会だけでは大統領選に勝てない:ゴアと同じパターンになったヒラリー

 大統領選テレビ討論会を巡る前例ではケネディ対ニクソンの事例が有名ですが、この時、最後の得票率はケネディが49.7%、ニクソンが49.6%でした。討論会以前はニクソンがやや優勢だったのですが、ケネディはテレビ討論会で有権者の好感度を高め、僅差で勝利を勝ち取ったという事例もあります。当時、テレビを見た人はケネディの勝ち、ラジオを聞いた人はニクソンの勝ちと判断したのですが、前者の比率が多かったので、ケネディは勝つことができたのです(佐藤則男『なぜ、ヒラリー・クリントンを大統領にしないのか』P140~142)。

 普通、大統領選では「どちらがより望ましいか」が競われるのですが、今回のヒラリー対トランプの戦いでは「トランプが嫌だからヒラリーに入れる」「ヒラリーが嫌だからトランプに入れる」という残念な展開になりました。

 今回と似ている先例は、アルゴアVSブッシュジュニアの時です。秀才ぶりを発揮してブッシュを討論会でやり込めたゴアは討論では優勢だったのですが、議論の態度が傲慢だったので人気が出ず、最終投票では僅差で負けてしまったのです。

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役に立たなかったメディアの世論調査と結果予測

 この大統領選では、日本の景気予測等ではよく当たる高橋洋一氏(嘉悦大教授)も見事に予測を外しました。

「トランプ当選の可能性は日本シリーズ広島逆転と同程度」(高橋洋一氏)と述べていたのですが、その論拠があてにならないアメリカの統計だったので、予測が大外れになってしまったのです。

 現代ビジネス記事「最新予測!トランプ『大逆転』の可能性はこのぐらいの確率 まさかのハプニングは本当にないか?」(10/31)を見てみましょう。

クリントン氏が盤石と思われる州をトランプ氏が奪い取って、さらに接戦5州をすべてトランプ氏が勝利するという、奇跡的な状況でないと、トランプ氏の勝利はないわけだ。それには、トランプ氏はさらに2%を超える投票率の上乗せが必要というわけだ。

 高橋氏は、日本シリーズの第6戦で8回裏と9回裏で広島が日本ハムに6点差から逆転するのと同じぐらいの確率だと見積もっています。

 その根拠として、幾つかの統計モデルの予測値が出されていました。

(※以下、大統領選は全米の各州選挙人538人の過半数270人獲得で勝利確定。538人からクリントン+トランプの投票人を引いた残りは態度未定者)

  • プリンストン大学の予測モデル:クリントン氏323人、トランプ氏209人
  • NYタイムズのFiveThirtyEightの予測:クリントン氏324人、トランプ氏212人
  • バージニア大専門家の分析:クリントン氏352人、トランプ氏173人
  • AP通信の分析:クリントン氏278人、トランプ氏173人

 高橋洋一氏はこのうち、自分が留学したプリンストン大のモデルをよく使うそうですが、「トランプ氏が現時点より獲得投票率が2%高くなったとしても、クリントン氏288人、トランプ氏215人、未定等35人となり、クリントン氏の優位は動かない」と指摘しています。

 これは、分析をいくらしっかり行っても元データがダメであればどうにもならない、という事例となってしまいました。

 今回の大統領選は、どうやら、我々は「多数派の意見」というものが当てにならない時代に突入してしまったらしい、ということを教えてくれました。

どうも、世論調査よりもグーグルトレンドのほうが当たっていたらしい

 筆者はブログ記事のテーマを決める時に、よくグーグルトレンドを見ていたので、支持率ではヒラリーが勝っているはずなのに、検索数ではトランプ氏が上回っているのを不審に思っていました。

 リアルクリアポリティクスの支持率平均でトランプ氏がヒラリー氏に勝ったのは、5月と7月の二回ほどの短い期間だけですが、グーグルトレンドの検索数平均(期間は12カ月、地域はアメリカ合衆国)で比べてみると、trumpにclintonが勝ったのは9月11日~17日だけでした。

 ざっくり言えば、支持率平均では9割以上、クリントンが勝ち続けており、検索数平均ではトランプ氏のほうが9割以上、上回っています。

 ヒラリー氏とトランプ氏とで支持率に7.7%もの差がついた8月10日近辺の検索数を見ると、8月7日~13日で「トランプ:クリントン」の比は「14:6」。7%差になった10月17日近辺の検索数を見ると、10月16日~22日で「26:12」というダブルスコアになっていました。

 検索数の中にはあら捜し的な「負の検索数」も含まれますが、今回の選挙では、多くの人が世論調査に目を奪われ、「話題性」という重要な基準を見失っていたようです。

 ネットの数字と現実の得票率にズレが出ることもありますが、現代の選挙は「検索数」まで指標の一つに取り入れなければいけない時代に入ったのかもしれません。

 これは小口日出彦氏の『情報参謀』という書籍にも書かれています。小口氏は、09年の政権交代を例に、自民党と民主党がCMで訴えたキーワード(「麻生太郎+責任力」と「鳩山由紀夫+政権交代」)に着目し、「テレビ露出量一単位あたりのネット検索数の増減具合」(=「検索喚起指数」)と「ブログ・掲示板への書き込み回数の増減具合(=「話題喚起指数」)を比較しているのです。

「検索喚起指数では自民党0.059に対して民主党0.079.話題喚起指数では自民党0.964に対して民主党は9.659.話題喚起指数では、民主党は自民党の10倍の『値』となった。検索喚起指数は『興味』を反映する値。話題喚起指数は情報発信という『行動』を反映する値である」(P47)

 マーケティングでは、興味を喚起し、「行動」を引き起こそうとしますが、自民と民主では、その効率が段違いになっていたわけです(現在では、09年の真逆になっていそうですが)。

 もしかしたら、トランプ対ヒラリーの戦いでも、似たようなことが起きていたのかもしれません。

やはり、世論調査は間接情報以上のものではない・・・

 マスコミの世論調査のいい加減さを見抜けなかったのは筆者も同じなので、大統領選に関しては、終わった後に自分の見識の不足を痛感しました。

 米国に暮らした経験のある筆者の知人は「過去の選挙ではリアルクリアポリティクスに出てきた世論調査はけっこう当たっていたし、前回もそうだったのにな~」と選挙結果に驚いていました。

 例年にない事態が進行中だったわけですが、こうしたシチュエーションでは、実際に現地を見ないとダメのようです。

 富裕層向けクラブの「ゆかしメディア」では「大統領選トランプの勝利を当てた人、外した人」(2016年11月10日)と題した記事を公開しています。

 予想を当てた木村太郎氏が現地でトランプ支持者の本音を知り、「ヒラリーはよくわからないことを言っているけれど、トランプは現実的な問題を語っている」と感じている人が多いことを直観したことを紹介しています。

 また、同じく予想を当てた藤井厳喜氏は、米軍やインテリ層の中にトランプ氏が支持層を獲得したことに着目していました。

 こうして見ると、やはり、最後は現地経験がものを言うのかもしれません。

 新聞を見て株を買ってももう遅いと言われますが、今回は、マスコミ報道や多数派の意見を鵜呑みにしてはいけないということを痛感させられました。

 今後、選挙について取り上げる際には、ネットの検索数分析や、現地情報などにももっと注意を払っていきたいと考えています。 

FBIのメール再捜査という最後のサプライズが炸裂・・・

 ヒラリー氏当選が確実視される最後のレースの途中で、FBIによる同氏メールへの再調査開始が報じられ、大統領選に「オクトーバーサプライズ」が起こりました。

 ヒラリー氏に対しては、FBI(米連邦調査局)の再調査が始まったのです。ヒラリー氏の側近とその夫の電子機器から、同氏が国務長官時代に送ったメールが見つかり、その内容に問題ありと見て、FBIは再調査を決めました(AFP通信「FBI、クリントン氏メール問題の調査再開 選挙戦に打撃」2016/10/29)

 10月17日にFBIが公表した報告書ではクリントン氏のメールを国務省が公開する前に事前に5通のメールをFBIに示し、FBIがその1つに機密情報が含まれていると返答した時、国務次官からその情報の機密指定を解除するように圧力をかけられたという記述があると報じられています(産経10/19:9面)。そうすればヒラリー氏のメールが人畜無害なものになるからです。

 前掲のAFP通信記事では、以下のように報じられています。

「FBIのジェームズ・コミー(James Comey)長官は上下両院の各委員会委員長に宛てた書簡で、一連の新たなメールに機密情報が含まれていたかを判断する「適切な調査」をFBIが行うと説明。さらに、これらのメールが「調査に対して持つ重要性を評価」する意向を示した」(AFP通信 2016/10/29)

 二人はこの再調査に関して、以下のように主張しました(日経電子版「トランプ氏、最後の反撃 FBIがクリントン氏の捜査再開」2016/10/30)。 

【トランプ氏】

「クリントン氏が犯罪計画を大統領執務室に持ち込むのを許してはならない」「ウォーターゲート事件以来、最大の政治スキャンダルだ」

【クリントン氏】

「選挙直前にこのような断片的な情報でしかないものを出してくるのは大変奇妙な話だ。実際、奇妙なだけでなく、前代未聞であり、大いに問題がある」

 その後、11月6日にFBIのコミ―長官は民主党やオバマ大統領等からの批判を受け、クリントン氏を訴追しない方針を固めました(ロイター「『クリントン氏の訴追求めず』、米FBIがメール再捜査で結論」16/11/7)。

 しかし、僅差の選挙だったので、これはかなりインパクトがあったはずです。

 共和党の側は納得せず、この記事によれば、ライアン下院議長は「(クリントン氏は)自身が法を超越していると考え、常に自分勝手なルールに従って行動している」「国家安全保障を脅かした」と主張しています。

 コミ―長官に対してはオバマ大統領からの批判も出ており、オバマ政権内で四面楚歌になっていたので、調査を進めることができなかったのでしょう。 

異常な勝負強さを発揮したトランプ あとは政策次第

 前掲の三つの常識破りを経て勝ったトランプ氏の選挙戦略は倫理的にはもろもろの批判を浴びましたが、非常に効果的ではありました。

 討論会は見事に失敗したのですが、それでも勝ちにもっていけるだけの強運(コミ―FBI長官のメール再捜査など)がありました。

 女性侮辱発言があってもトランプ氏が勝ったことで、米国民はスキャンダルの有無だけで大統領を判断しないことが明らかになったのも事実です。

 振り返ってみれば、ビル・クリントン氏も性的な問題を引き起こしながらも意外と高支持率だったので、アメリカ人の判断の仕方は実利的な傾向があるようです。

「トランプ氏のほうが税金が安くなるなら、こっちに入れる」という判断をした人がかなりいたのでしょう。

 今回の選挙の重要な教訓は、世論調査の数字を盲信することの恐ろしさ(実地情報がない人は専門家でも予測が大外れした)ですし、さらに言えば、通説や常識が当てはまらないような「乱世」が始まっていることが明らかになった、ということでしょう。

 イギリスのEU離脱とアメリカのトランプ当選は、既存のモデルが崩壊し始めていることを教えてくれているように思えてなりません。

 1月11日のトランプ記者会見は、波乱の2017年の始まりになるのではないでしょうか。