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ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

トランプの「一つの中国」見直し発言 VS 無人水中探査機奪取

国際 トランプ政権移行 東南アジア(ASEAN諸国) 全記事一覧

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(台湾総統府 出所はWIKIパブリックドメイン画像)

 南シナ海では早くも2017年の「前哨戦」が始まっているようです。

 武器を使ったドンパチではありませんが、中国軍が米軍の無人水中探査機を奪取したのは「一つの中国」にゆさぶりをかけたトランプ氏への反撃だと見られています。

 そして、フィリピンのドゥテルテ大統領は米兵地位協定を破棄して「米軍出ていけ」と主張しています。

 南シナ海をめぐる米中関係、台湾とフィリピンの動向が、2017年のアジアにどんな影響を与えていくのでしょうか。

 昨今の報道を見ながら、その行方について考えてみます。

発端はトランプ氏の強烈パンチ ~「一つの中国」原則にとらわれず~

 各紙が報道するトランプ氏のツィッター発言はたいてい、日本語訳で出ていますが、一応、原文を見てみます(出所はDonald J. Trump (@realDonaldTrump) | Twitter

 12月3日に、二つの発言が2日に行われた蔡英文・台湾総統との電話会談後に出されました。

”The President of Taiwan CALLED ME today to wish me congratulations on winning the Presidency. Thank you!”

(台湾総統が私に当選勝利のお祝い電話をかけてくれた。ありがとう!)

”Interesting how the U.S. sells Taiwan billions of dollars of military equipment but I should not accept a congratulatory call.”

(アメリカは台湾に10億ドルもの軍の装備を売っているのに、私が当選祝いの電話を受けてはいけないとしたら、それは、とても興味深いことだ)

 従来、米中国交樹立の後、アメリカ大統領は台湾総統と電話でも会談してこなかったので、この一事だけでも中国にはショッキングな出来事でした。

 当然、中国は目をむいたわけですが、このツィッターで、世界の警察官と称しながら、アメリカが37年間も台湾とは総統と公式に会談さえしてこなかったことが世界の人々に周知されました。

 日経夕刊(12/3:1面)は「米メディアによると、米大統領や次期大統領と台湾総統のやりとりが公になったのは、1979年の米台断交以来初めて」と指摘し、「トランプ氏は台湾に関する米国の政策を十分認識した上で蔡氏との会談に臨んだ」というコンウェイ氏(トランプ氏の選対本部長)の発言を紹介。トランプ氏は中国の国家主席とも電話会談しているので、台湾に主権国家並みの対応をしています。

「オバマ政権高官は『国務省の専門家の助言に耳を傾けるべきだ』と懸念を表明している」(時事通信12/3)そうですが、今まで、専門家が助言の通りにやってきても、北朝鮮や中国の軍拡、海洋進出を止められなかったわけですから、そうしたありきたりのプランはすでに説得力を失っています。

 トランプ氏は台湾との関係強化が中国の野心を牽制するための重要な具体策となりうることを示したかったのでしょう。その後、同氏は12月11日にFOXテレビの番組に出演し、以下のような見解を示しました(ハンフィントンポスト転載の朝日新聞記事 トランプ氏、一つの中国政策に「なぜ縛られなければならないのか」12月12日)。 

(トランプ氏は)中国大陸と台湾がともに「中国」に属するという「一つの中国」原則について「なぜ我々が縛られなければならないのか」と疑問を呈した。37年間、米中関係の基礎となってきた同原則の見直しの可能性を示唆した。

 中国政府は台湾を国家として認めておらず、「一つの中国」の原則を守るように米側に求めている。トランプ氏はこれを順守するかどうかは、南シナ海問題や貿易政策などの対立する分野で「中国側が我々と取引をするかどうかにかかっている」と述べ、来年1月の就任後、中国政府との外交交渉の手段として利用していく考えを示した。

  トランプ氏は中国を揺さぶるための手段として対中・対台湾外交転換の可能性を示唆しました。

(※「一つの中国」というのは「台湾は中国の領土なのだから、中国は一つだ」という考え方のこと。中国共産党だけでなく、中国国民党にも同種の主張を持つ人々がいる。台湾では民主化の進展以降、台湾人のアイデンティティが高まり、これを拒否する人々が増えている。民進党はこの考え方を認めていない)

 ニューズウィーク日本語版(2016/12/23:P12、長岡義博氏)ではこの動きは単なる「トランプ氏の思い付き」ではなく「スタッフによる計算された中国への牽制球だ」とも指摘しています。  

「電話は蔡からかけたことになっているが、実際にはトランプ側が調整して実現した、と台湾メディアは伝えている」

(※トランプ氏のアドバイザーはフォーリンポリシー誌の寄稿で)「台湾は世界中で最も脆弱なアメリカの同盟国」「『力による平和』路線を断固として追及する」とぶち上げた。今回の行動はこの方針に沿っている」

  台湾へのアプローチを変える可能性を見せ、中国から都合のよい条件を引き出そうと試みているわけです。

 ただ、習近平氏の同窓生を中国大使に指名したりと中国側への配慮も見せているので、何が始まるのかは同氏が就任してみないと分かりません。

 しかし、選挙期間中には、中国製品に45%の関税をかけ、中国を為替操作国と指定すると息巻いていたので、対中政策の転換が行われる可能性があります。

 読売記事(朝刊7面:12/18)では、カーリー・フィオリーナ氏(ヒューレットパッカード元CEO)はトランプ氏と12日に面談した時、同氏が中国を「最も重要な敵で、台頭する敵」と述べたとも報じています。

 また、前掲のフォーリンポリシー誌の論文はアジア政策顧問を務めるアレクサンダー・グレイ氏とピーター・ナバロ氏によって書かれており、外交筋は「トランプ氏の了承を得て発表されたもので、今後のアジア政策の基本路線となる」と評価していることを指摘しています。

 オバマ政権のてぬるいアジア・リバランスは、結局、南シナ海に中国軍に陣地をつくられただけで終わったので、トランプ氏はこれを覆すに違いない、という見方が出てきているわけです。

 筆者も14年の夏ごろに日本に来た米国在住の知人から、「アメリカ人の多くは14年に中国がベトナム船相手に傍若無人な行動を繰り返したのを見て、同国への評価を変えた」という話を聞いたことがあります。こうした民衆の中国評の変化が、時間をかけて外交にも反映されていくのかもしれません。

米企業処罰、爆撃機飛行、無人水中探査機奪取で中国は対抗

 トランプ氏のアクションに中国側が取った措置としては、無人水中探査機奪取のニュースが広く報道されていますが、ほかにも幾つかの対抗措置らしき動きがあります。

 その一つが、南シナ海での中国爆撃機の飛行です(CNN「核搭載可能な中国爆撃機、南シナ海飛行 トランプ氏けん制か」12.15)。

「米政府当局者は15日までに、核兵器が搭載可能な中国軍の長距離爆撃機が南シナ海上空を飛行したことを明らかにした」「米政府当局者は、中国軍爆撃機の今回の南シナ海の飛行はトランプ氏をけん制する狙いがあると見ている」

 もう一つが、中国での米自動車メーカーの処罰です(ロイター「中国の米自動車メーカー処罰報道、トランプ氏がロス氏と協議へ」12/15)

「トランプ次期米大統領は14日、中国が米自動車メーカーを近く処罰するとの報道について、商務長官に指名したウィルバー・ロス氏と協議する見通し。政権移行チームが記者団に明らかにした。トランプ氏の側近、ジェイソン・ミラー氏は記者団との電話会見で「次期大統領は米企業、および米国の雇用のために戦うと明言している」と述べた」

 米企業が処罰されたのは市場独占行為のためとされていますが、これはトランプ氏の発言への一連の対抗措置と見るべきでしょう。

 そして、無人水中探査機奪取が15日に行われました(産経ニュース「中国、トランプ次期政権への警告か 米政権移行期の足下見透かし示威行為?」12.17、青木伸行)

「今回の事件は、米海軍測量艦「バウディッチ」が無人潜水機の回収作業をしている目の前で潜水機を奪うという「実力行使」に出た点で、特異なケースだといえる」「バウディッチは、米海軍所属ではあるものの、軍人ではなく文民が運用している。このため無人潜水機を奪っても、相手は敵対的な行動には出られない、と見越していたとみられる」

  ブッシュ政権の頃、南シナ海で中国軍機が米軍偵察機に異常接近したように、同国は自国の勢力圏を守るためには、かなり無茶な行動をしかけてきます。上記ニュースを見る限り、最大限、オバマ政権が動かない範囲で厳選したアクションを始めたことが伺えます。これに対して、トランプ氏は怒り心頭で、ツィッターで「応戦」しました。

China steals United States Navy research drone in international waters - rips it out of water and takes it to China in unprecedented act.(12/18)

(中国はアメリカ海軍の無人調査機を公海で盗み、海から本国に持ち込んでいる。前例のない行為だ)

”We should tell China that we don't want the drone they stole back.- let them keep it!”(12/18)

(我々は、盗んだドローンを返してもらいたいなんて思ってないと中国に言うべきだ。やらせておけ!)

  情けないのはオバマ大統領です。現職の大統領が何もできないでいる間に、トランプ氏と中国側が火花を散らしています。まさにレームダックといわざるをえません。

 大統領選がロシアのサイバー攻撃の影響を受けたと記者会見で怒りをぶちまけていたのに、現実の南シナ海問題で目立ったアクションがないのは不思議です。これは「任期終了までに事なきを得ればそれでよい」という考え方なのでしょうか。

なぜ台湾が重要なのか ~国防と民主主義、親日性の観点から~

 台湾総統との電話会談とその後のトランプ氏の言動で、台湾に注目が集まりました。

 しかし、そもそも、どうして日本にとって台湾が大事なのでしょうか。

 台湾は、日本のシーレーン(海上交通路)に位置しています。

 ここが中国の支配下に置かれれば、中国海軍は東シナ海や南シナ海を我が物顔で闊歩できるようになります。台湾が独立国であり、明確な軍事力を持っているからこそ、中国は海への出口を大幅に制約されているわけです。

 そして、台湾がアジア随一の民主主義国であることも大事な点です。中国本土では自由投票ができないので、台湾人が総統を自分たちで選べることを羨ましがっている人がたくさんいます。

 さらには、台湾はアジア随一の親日国です。東日本大震災や阪神淡路大震災の時もいち早く義捐金を出してくれたのは台湾でした。

 この三点を見れば、本来は、日本にとってまたとないパートナーであることが見て取れます。

米中国交回復時とは大違いの現状。トランプ氏の判断は妥当

 しかし、台湾がトピックで出てきても、今までの過程を知らないと、ニュースを見てもチンプンカンプンになってしまいます。 

 過去の経緯を見ると、以下の出来事が目につきます。 

  1.  第二次大戦後、アメリカは中華民国(今の台湾)を同盟国としていたのですが、ベトナム戦争の失敗後、アメリカはソ連と対抗するために、中国の力を借りようとしました(※当時の中ソは犬猿の仲)。
  2.  中国は社会主義国でしたが、イデオロギーを無視し、国力本意で外交を考えた時、この国と手を組めばソ連と対抗する上で有利だと考え、キッシンジャー等が主導したニクソン内閣は米中国交正常化を決断。

 中国は、ずっと台湾併合の野心を露わにしていますが、過去の歴史の中ではソ連の脅威と朝鮮半島の動乱があった時代には、台湾を狙うことはできませんでした。

 中国軍事研究家の平松茂雄氏は『台湾問題』(P119)という書籍の中で、米国が中国との国交正常化に踏み切った理由を三つほどあげています。

「台湾に対する武力不行使を中国側に公式に約束させることができなかったにも拘らず、米国との国交正常化に踏み切った最大の要因は、①中国と台湾の軍事能力、②中国の戦略環境、③中国の近代化計画の三つの要因によって、現在および見通しうる将来において、中国が台湾に対して武力を行使する能力も意図も持っていないとの米国政府の判断であった」

 当時の中国軍には海峡を渡って台湾を軍事力で占領できる能力はありませんでしたし、ソ連の脅威が深刻化していました。さらには、まだ中国は貧乏国だったので、欧米の援助が必要な状況にあったので、戦争を起しにくかろう、という読みがありました。当時の政権は米台同盟を破棄し、台湾に対して武器を売る援助と、非常時の対処を定めた「台湾関係法」を制定しています。

 その後、台湾は格下の扱いにされ、歴代米政権は北京の顔色ばかりを窺ってきたのですが、中国が台頭し、冷戦時代に比べるとロシアとの関係がはるかに改善され、朝鮮半島ではにらみ合いの中で均衡が続いているので、今では安心して台湾を狙える状況になってきています。

 こうした状況の中で、前例を顧みない野人的思考の持ち主であるトランプ氏は歴代政権の定石をひっくり返したわけです。

 専門家の常識よりも本能的な直感のほうが当たることもあります。

 米中国交回復以降、中国は肥え太り、アジアの危機を生み出すところにまで来ているので、もうそろそろ、日米も台湾が一つの国だという「現実」に即した外交政策を考えなければいけないのではないでしょうか。