トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

暴言大統領 ドゥテルテ氏が来日 親日家という意外な素顔

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(ダバオ市の風景 出所はWIKIパブリックドメイン画像)

  トランプ氏と並ぶ暴言で有名なロドリゴ・ドゥテルテ氏(フィリピン大統領)が25日に来日します。人権侵害の疑いやオバマ大統領への暴言と対米関係悪化、そして中国寄りの外交など、物議をかもす話題の種がつきない大統領は、実は親日家だったりと、複雑な要素を抱えた人格の持ち主のようです。

 いずれにせよ、日本にとってフィリピンと対立しなければいけない理由はないので、ドゥテルテ氏がオバマ大統領と関係修復をするのは難しくとも、今回の訪日を契機に日米寄りの外交路線に戻れるようにアプローチをかけることが大事なのでしょう。

 ところで、このドゥテルテ氏はどんな人で、何を主張しているのでしょうか。 

ロドリゴ・ドゥテルテ比大統領の人物像

 まず、ドゥテルテ氏の基本情報をまとめてみましょう。

【生い立ち】

 ドゥテルテ氏は1945年にレイテ島で法律家の父と学校の先生の母の間に生まれました。今は71歳ですが、暴言乱発でパワーが有り余っているせいか、見かけはもっと若く見えます。大学を卒業した後、10年ほど検察官を務め、政界に進出しました。なお、母方の祖父は中国系で、中国語も聞き取れるそうです。

 学生時代の逸話としては、ケンカばかりしていたとか、神父に青いインクを浴びせて退学させられたとか、少年マンガの主人公のような話が目につきます。

「妹のジョセリン氏によると、ある晩、ドゥテルテ氏はけんかで負った刺し傷を押さえながら倒れるようにして家に帰ってきたという。またドゥレザ氏の話では、大学時代には友人が襲われた仕返しに同級生の足を銃で撃ったこともあった。同級生は回復し、ドゥテルテ氏が訴えられることはなかったという」(WSJ日本語版16/10/24「フィリピン大統領、「米国と決別」の裏に憤りの半生(後編)」)

 何だか『ろくでなしブルース』の一場面みたいですね(若い人は知らないマンガかもしれませんが)。ただ、その後、検察官になっているので、きっと勉強は得意だったのでしょう(強盗被害の経験から犯罪組織撲滅を誓って検事になったとも言われる)。

 大学時代にはフィリピン共産党の創設者から学んだりもしているので、このあたりが反米的な一面につながっているのかもしれません。

【政治家としての経歴】

  • 1988年~1998年:ダバオ市長(43歳~53歳)
  • 1998年~2001年:下院議員(53歳~56歳)
  • 2001年~2010年:ダバオ市長(56歳~65歳)
  • 2010年~2013年:ダバオ市副市長(65歳~68歳)
  • 2013年~2016年:ダバオ市長(68歳~71歳)
  • 2016年6月30日以降:フィリピン大統領

 副大統領はレニー・ロブレド氏で、所属政党は「フィリピン民主党・国民の力」です。ダバオ市長から下院議員になったり副市長になったりしているのは、フィリピン憲法が同一人物が延々と同じ役職で選ばれ続けることを禁止しているためです。こうして見ると、議員経験もありますが、メインの仕事はタバオ市政なのでしょう。2010年には娘をダバオ市長に当選させているので、この頃も実質的には市長に相当する仕事をしていたと思われます。

【タバオ市長時代に何をした?】

 そもそも、タバオ市というのはフィリピンのタバオ湾に面した都市で、ダバオ地方の中核都市です。タバオ市の広さは何と2400平方キロメートルなので、小さな都市国家みのようにも見えます。タバオ市の人口は145万人なので、福岡市(146万人)と同じぐらいの人数ですね。

 ドゥテルテ市長の時代は非常に景気がよく、治安もよくなったと言われています。この頃、自ら短銃を忍ばせて薬物取締を行い、「ダーティハリー」とも呼ばれました。

 ただ、ドゥテルテ氏は「自警団」が麻薬犯などを法を無視して私刑で殺すことを黙認したと人権団体から批判されています(本人はこうした殺人への関与を否定)。

 しかし、大統領選以降、フィリピン人の支持を勝ち取っているので、麻薬・犯罪対策に関しては国民の側に強い要望があったのは事実です。この措置の是非は今後も争点になりそうですが、人権擁護を訴える欧米や国連と、同氏を大統領に選んだフィリピン国民の民意との違いが際立っています。

※訪日後、ダバオ市で行った記者会見では麻薬取締に関して「さらに2万人から3万人が死ぬだろう」と発言(産経10/29:8面)

 この新大統領がフィリピン人から支持されているのは、その暴言が民衆の本音を代弁しているからなのでしょう。

 フィリピンの民間調査会社が9月下旬に行った「大統領就任3ヶ月」調査では、ドゥテルテ氏への純満足度(満足度-準満足度)が64%もの高水準なので、これは92年のラモス大統領(66%)並みの数値です(産経10/8:7面)。

 

日比首脳会談でなされた合意の内容とは

 ロドリゴ・ドゥテルテ大統領は25日夜に東京都でフィリピン人への講演を行い、熱烈な歓迎を受けた後、岸田外務大臣が主催する夕食会に出席しました。26日には安倍首相と首脳会談を行い、27日には三日間の訪日を終えました。

 日本側からはフィリピンを重視し、JICA等を通してフィリピンの発展を後押ししてきたことを踏まえ、海洋安全保障,テロ対策,ミンダナオ和平,長期開発計画等を支援するこをに基づく国造り等で,最大限の支援を行っていくことを表明し、以下の合意がなされました。

  • 南シナ海問題の平和的解決の重要性を確認
  • 大型巡視船2隻とテロ対策のための小型高速艇供与
  • 海洋安全保障対話の立上げや海上自衛隊航空機TC-90練習機5機の有償供与
  • ミンダナオ和平定着に向けた約50億円の政府開発援助(ODA)

 ドゥテルテ大統領からはダバオ市長時代から日本のJICAに支援を受けたことへの謝意が表明されています。

ドゥテルテ氏 声名では同盟尊重。講演会では暴言乱発?

 26日の日比首脳会談後の共同声明では「両国の種々の友好関係および同盟関係のネットワークが、地域の平和と安定、海洋安全保障を促進する」ことになったので、ドゥテルテ氏は、ここでは建前的に同盟を尊重する姿勢を見せています。

 要するに、今回の首脳会談は、オバマ大統領からの人権問題について問われ、ドゥテルテ氏が暴言乱発で応じたことでこじれた米比関係を、日本が間に入って修復しようと試みていたわけです。

 ただ、東京で開催された在日フィリピン人との集会では、相変わらずの暴言を乱発しています。麻薬犯への過激な取締りを人権問題とみなして批判してくる欧米勢に対して、「米国やEUは私を攻撃する。(麻薬犯罪対策で)3千人が死んだと言うが、このばかどもは何も分かっていない。(中毒者が)300万人という数字があるのだ」と憤りを露わにしています。中毒者が300万人いたら、取締りで3000人の死者が出てよいという論理が成り立つとは思えないのですが、現時点のドゥテルテ氏は、公式な会合ではある程度、大人の発言をして、内輪の会合では暴言乱発というスタンスのようです。

(※前掲の発言は、産経ニュース「【暴言大統領来日】「ばかども」「何も分かっていない」 やっぱりドゥテルテ節がさく裂」2016.10.25 から引用)

習近平氏の前ではガムをかみ、天皇陛下の前ではかしこまる??

 三笠宮さま薨去により、天皇陛下との会見は延期となりました。

 チョイ悪を超えた貫禄ある風貌のドゥテルテ氏は、習近平氏の前でガムをかんでいたので、天皇陛下の前でもガムを噛んだりしないかと心配されていたので、宮内庁はほっと一息ついたのかもしれません。

 「いい年(71歳)こいて何て仕草だ」と顔をしかめる方も多いと思いますが、これは意外と注目のポイントなのかもしれません。なぜかというと、習近平氏の前でガムをかんだりポケットに手を突っ込んだりしていたのは、親中派といわれながらも、同氏が本音では中国の国家主席に好感を抱いていないためである可能性があるからです。

 天皇陛下の前ではかしこまり、習近平氏の前でガムをかんでいたという落ちになれば、両国の国家元首に対する明確な「差別化」がなされたことになります。

 ガムという大統領にふさわしくないアイテムによって、こうした差がついたとしたら前代未聞ですが、本音で動くドゥテルテ氏は、とにかく話題には事欠かない人物です。

比大統領は、インフラ投資で中国と日本を競合させたい?

 ドゥテルテ氏は南シナ海での領有権主張が衝突する中国に対して二国間協議に前向きですが、まだ準備ができていないとも述べています。国際司法の仲裁裁判の結果を正面から突き出さず、話し合いで解決の道を探るあたりでは大きくリップサービスがなされています。

(※来日前のインタビューでは日本が望むなら、日本を入れた多国間協議を受け入れる余地があるとも述べている)

 中国は南シナ海で軍事基地をつくっているので、もはや話し合いの段階ではないと思うのですが、ドゥテルテ氏は外交面で譲歩し、中国から経済協力を引き出そうとしているのです。

(以下、加藤嘉一「比ドゥテルテ大統領は中国を本心から“礼賛”しているか」2016年10月25日 より引用)

  • 「あなた方が我々のために鉄道を建設してくれるならば、我々はとても感謝するだろう。地球上の全ての国家は鉄道に依拠しないで発展することはできない」
  • 「私はいつも考えている。なぜ当時のスペイン人は我々のために鉄道を造らず、メキシコには造ったのか。米国には自らの鉄道があるが、なぜフィリピンにはただ一本の単線しか造ってくれなかったのか。本音を言えば、フィリピンの経済にとって唯一の希望は中国だ」

 ずいぶん熱烈なセリフを述べており、インフラ投資に関しては中国側も乗り気です(中国からの経済協力は2.5兆円規模)。来日前のインタビューでは日本にインフラ面での出資を期待しているので、同氏は、うまく中国と日本を競合させ、経済協力を引き出そうとしているのでしょう。

 これはインドネシアやマレーシアも使っている手法ですが、フィリピンは今後の成長の可能性が高い重要な親日国なので、対比投資自体はやるだけの価値があるのではないでしょうか(フィリピンの過去10年間の平均経済成長率は6%台で、すでに日本企業が1448社進出しているらしい。産経10/27:11面)。

 

気になる南シナ海問題 やはり反米ではまずいのでは

 懸案の南シナ海問題について、ドゥテルテ氏は以下のように述べています

 (外務省HP「日・フィリピン首脳会談」)

  • 南シナ海問題については,仲裁判断が出されたので,それに基づいて話をすることしかできない
  • 国連海洋法条約を含む法の支配の原則に従っていずれかの時点で話をする
  • 日本とフィリピンは同じような状況にある。フィリピンはいつも日本と同じ立場に立っているので安心してほしい。
  • 海洋問題においては,航行の自由の確保が必要である

 そして、中国の越権を批判しています。

 習近平氏の前であれこれと親中外交をして見せたのは、インフラ投資が欲しいがためのポーズだったのかもしれませんが、一国の大統領がA国に行った時はA国にいい顔をし、B国に行った時にはB国にいい顔をし、A国の批判をしているようでは、外国から信用されなくなるので、基本的には望ましいやり方ではありません。

 「日本は真の友人で、しかも兄弟よりももっと近しい関係にある」というドゥテルテ氏の発言が本音であることを願いたいものです。

 南シナ海問題は国際法に基づいて平和裏の解決を目指すとも述べているので、中国に行った時、仲裁裁判所の裁定の評価を下げたのは、ドゥテルテ氏のリップサービスの一環だったのでしょう。

 ただ、結局、南シナ海問題は米軍の軍事力が睨みをきかさなければ中国を抑止できないので、あれこれ言っても米国との関係を修復せざるをえません。

 いちばんの問題発言は、都内の経済フォーラムの席での反米発言です。

「今後2年以内に、私の国から外国の軍部隊がいなくなってほしい」「私は彼ら(外国軍部隊)にいなくなってもらいたいし、行政協定の見直しや破棄が必要ならば、そうするつもりだ」(AFP通信ドゥテルテ比大統領、米軍は「2年以内に撤退を」2016年10月26日 )

 二年で米軍がいなくなるとして、わずか二年でフィリピンがそれにかわる軍事力を持てるはずがないので、それをやってしまえば、90年代の米軍撤退後、中国に島を取られたのと同じような展開がフィリピン近辺で繰り返されることになります。

米中に狭まれたフィリピンは結局、米国を選ばざるをえないのでは

 ドゥテルテ氏も米中で争いになるかもしれないと懸念の意を示していましたが、結局、中国が南シナ海に勢力圏を広げていくと、アジアの主要海域に影響力を持ち、自由貿易の航路を守ってきた米国の国益とぶつかってしまいます。

 南シナ海の主要航路は米軍だけでなくアジア経済の主要動脈なので、これを中国の自由にさせるわけにはいかない、というのが日米の考えでしたし、フィリピンのベニグノ・アキノ前大統領の考えでもありました。

「アキノさーん、帰ってきてくれー」と叫んでも同氏は帰ってこないので、恐らく、今後、日本からドゥテルテ氏に反米外交を続けるのは無理だということ納得してもらうための試みが続いていくのでしょう。

 昔、マキャヴェリは『君主論』の中で、大国に挟まれた小国は、結局、どちらの側につくか明確にせざるをえない、ということを述べていました。

「味方の側が、さあ武器をもって立ちあがれと要請するなどは、ざらに起きることであろう。このとき、決断力のない君主は、当面の危機を回避しようとするあまり、多くのばあい中立の道を選ぶ。そして、おおかたの君主が滅んでいく」(中公文庫『君主論』P132)

 結局、日本も冷戦期に米ソの間で日米同盟を選んだのも、結局、中立の立場を選べなかったからです(日本の場合、武器を取るのではなく、アメリカにカネと基地を提供しました)。

 まだ紛争が起きたりしているわけではありませんが、米中の利害が衝突する南シナ海問題では、結局、どちらかの立場を選ばざる得ないので、もともと、フィリピンが親中でやっていられるはずがありません。米軍に出て行ってもらっても、今のフィリピンに中国の海洋進出を止められるだけの海軍も空軍もありません。

 今からでも遅くないので、ドゥテルテ氏には、外交・防衛問題や国際政治の歴史について、認識を改めてほしいものです。