トランプ政権と日本・アジア 2017

米国株や為替に影響する時事問題を中心に政治動向をウォッチ。今さら聞けない常識も再確認。

米大統領選 トランプとヒラリーの政策を比べてみた 経済政策や同盟はどうなる?

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米大統領選選挙区地図:出所はWIKIパブリックドメイン画像。SVGファイルをキャプチャー⇒PNGへ。

 アメリカでは大統領選候補者のテレビ討論会が三回、開催され、11月8日に本選投票日となります(日本時間では9日。9/26作成記事をこのたび大幅改定)

 かつてケネディがニクソンを逆転したように、このテレビ討論会は大統領選の行方に大きな影響を与えます。きわどい選挙戦で討論に勝ったクリントン候補は勢いに乗り、当選に弾みをつけましたが、10月末にFBI長官がヒラリー氏の私的メールの再調査を決定(11月6日にヒラリー訴追なしの方針が確定)。その後、再びトランプ氏の猛追が始まり、どちらが勝つか分からない情勢が続いています。

 テレビ討論会に関して「要は、相手を言い負かしたほうが勝ちってわけ?」と思われた方もいるかもしれませんが、討論で優勢に見えても「態度が傲慢」と評価されると、支持率はあまりUPしないようです(ブッシュJr.と戦ったアル・ゴア候補(民主党)のように論戦では優勢でも敗北したケースあり)。ただ、この結果次第で「誰がアメリカ大統領になるか」が決まり、来年以降の世界の流れも変わるので、二人の政策に関しては、しっかりとしたチェックが必要だと言えます。

悪評さくさくのトランプ候補。途方もない政策とまともな政策が混在

 トランプ氏はインテリからは悪評さくさくで、疑問符をつけざるをえない政策(メキシコとの間に巨大な壁を築くなど)も目につきますが、その著書(『THE TRUMP』岩下慶一訳、ワニブックス)には、まともな政策も書かれています。

 例えば、CO2削減をめざしたオバマ大統領はキーストーンXLパイプラインの計画を遅らせ、中止させましたが、「このラインはカナダ⇒ネブラスカ⇒テキサスへと石油輸送ルートを築く重要施設だから、これを早く完成させよう」というトランプ氏の主張には経済的な合理性があります。パイプライン開通後の経済効果だけでなく、いちど作りかけのものを止めた時に発生するムダなコストは無視できないからです。

 トランプ氏は補助金をつけて太陽光発電のソーラーパネル設置を進めたオバマ氏を批判していますが、ドイツもこれで電気料金が上がりすぎたので、この批判も理にかなっているように思えます。

 今回の選挙の主な争点は「世界の警察官」をやめたオバマ大統領後の路線選択です。

 ヒラリー氏は前任者を継承しながら一定の見直しをかけ、トランプ氏は全面見直しを呼びかけています。特に大きな項目としては、各国との同盟政策の評価や、社会保障面でのオバマケア(公的な医療保険制度の一つ)の是非などが挙げられます。

 しかし、前置きが長くなり過ぎたようです。「いい加減、本題に入れ」という読者の声なき声が聞こえてきそうなので、ここで二人の政策を比較してみます。まずはヒラリー候補から。

ヒラリー候補の政策(標語は"Hillary for America")

・同盟重視の外交(日米同盟、米韓同盟、NATOは現状通り)

「アジア重視を再定義し、日韓やオーストラリアといった同盟国との関係を一段と強化する」中国に対して「サイバーや領土紛争、人権問題などで中国にルールを順守させる。守らなければ代償を科す」(時事通信2016/11/6「『同盟重視』対『米国第一』=中東情勢は打開策なし-米大統領選」)

・TPPは反対に転じる(流出メールでは再交渉の意向)
・ロシアへの強硬姿勢
・イラン核合意を支持。イスラエル重視。
・ISへの空爆強化

※以下の「」内はクリントン氏の指名受諾演説要旨(読売朝刊7面:2016/7/30)

・最低賃金の引上げ(民主党政策綱領では時給15ドル)
「私の大統領としての主要任務は雇用を創出し、賃金引き上げを実現することだ」
・インフラ投資の拡大
「最初の百日間で戦後最大の公共投資の実現を目指す」
・大企業に税負担を求める
「大企業が税額控除を受けながら、解雇通知を行うのは間違っており、適正な税負担を求める」
・金融規制の強化
「金融業界が実体経済を破綻させることは二度と許されない」
・中流階級の大学授業料の無料化
「サンダース上院議員と協力し、中流階級の大学授業料の無料化の実現を目指す」

・金融政策では今のFRBの路線に肯定的だが、富裕層、投資家への増税を訴える。
・公的医療保険制度の枠組みを維持(オバマケアなど)
・女性の社会進出のフォロー(教育支援や給与平等化、中絶は女性の権利)
・地球温暖化対策の強化、原子力に頼らないエネルギー政策。
・不法移民でも市民権を獲得できる道を拓く
・銃規制強化
・全州共通の教育プログラムの実施

トランプ候補の政策(標語は"Make America Great Again")

(※America First。日本や中国、メキシコ等を「雇用を奪っている」と批判)

・不法移民の取締り。
・外国人犯罪者を母国に強制送還。
・メキシコ国境に巨大な壁を築き、メキシコ側に負担させる
(愛国者法326条を根拠に、銀行を通じたメキシコへの送金で本人確認を求め、送金の一部を徴収。年間240億ドルのうち50~80億ドルの徴収を狙う)

・オバマケアの廃止
(医療保険の義務化の撤廃、州境を越えた医療保険販売を禁止する法律を改正、医療貯蓄口座の利用促進など)

・退役軍人保険制度を改革し、支援を充実させる
・銃が保持できる法制度を維持(銃保有の権利は憲法上不可侵)

・法人税を15%にまで減税する
・所得税の簡素化(上限25%なので富裕層も減税)

・低所得者層への減税(独身で年収2万5000ドル以下、夫婦で年収5万ドル以下の世帯(全世帯の約半分)は所得税0%)

・相続税の廃止

・中国を為替操作国だと認定し、交渉の場に引き出す
(中国製品に関税をかける、中国が中国企業に与える貿易補助金をWTOに協定違反で訴える、中国の知的財産権侵害に対抗する)

※上記政策は”Donald Trump POSITIONS"を参照

・同盟国に負担増要求(日米同盟見直し。核保有も容認の可能性あり)
・自由貿易の見直し、TPP協定から離脱(日本やアジア諸国等向け)
・米韓自由貿易協定やNAFTAは国民に対する裏切りと位置付ける

・プーチンを評価(対露政策は大転換の可能性高)
・IS殲滅(ロシアと連携)
・イラン核合意に反対、イスラエルは優遇。
・今のFRBの路線に否定的(イエレン議長再任反対)
・インフラ投資の重視
・地球温暖化対策の見直し。
・石油資源の活用を主軸に。
・最低賃金引き上げ

両者の政策を比較してみる ~共通点と相違点~

 ぱっと見ると、ヒラリーとトランプの標語の違いが目につきます。トランプの標語はレーガンの「強いアメリカ」を思い出させるので、一定のマーケティング力が感じられますが、「アメリカのためのヒラリー」というのは、もう一ひねりが必要だったのではないかと思います。候補者が「アメリカのため」なのは当たり前の話だからです(筆者は「今さらそんなこと言わなくても」と考えてしまいました)。

 経済政策的な妥当性は別として、トランプ氏の"America First"という主張には白人の貧困層への強いメッセージが入っているので、標語選択の才ではこちらに分があるようです(マクロ経済学的には自由貿易は相互の利益を拡大させるので、トランプ氏の主張は成り立たないはずです)。

 共通しているのは「TPP反対」「親イスラエル」「アンチIS(攻撃の想定規模は違うと思われる)」「インフラ投資」のあたりです。

 株系の雑誌やサイトを見ると「ヒラリーもトランプもインフラ投資を言っているから、どちらが大統領になってもインフラ系の株は上がるのではないか」等と書いている記事も出てきているようです。

「同盟関係」「プーチン」「FRB」「オバマケア」「CO2削減」「不法移民」「銃保持」のあたりは、評価が際立って大きな違いを示しています。

 中国への批判は、何しろ選挙期間中なので、二人ともどこまで本気か分かりません。トランプの為替操作国批判に関しては、中国だけでなく、日本の金融緩和も同じ扱いを受ける危険性があるので要注意です。

 金融政策に関しては、FRBへの評価が違うのも非常に重要なところです。イエレンは金融政策の独自性を保ちたいはずですが、トランプ大統領出現の場合は、何らかの威嚇をきかせて金融政策に影響を与えようと「口撃」を繰り返すでしょう。

 トランプ氏は「FRBの権限縮小を支持する」「イエレン氏は任期満了後に交替させる」と述べており、クリントン氏はイエレン氏に肯定的で、FRB理事のブレイナード氏を財務長官に据えようとしているとも言われています(産経11面:2016/10/20)

ヒラリーとトランプの日米同盟の見方はどこが違う?

 いちばん気になるのは日米同盟が続くかどうかですが、トランプの主張が現実化した場合、今の日本政府には同盟維持以外の代案がないため、米国から大幅な防衛資金の負担を要求され、日本側が泣く泣く応じて同盟維持という形になるかもしれません。

 ヒラリー氏の外交・安保政策に関しては、ブレーンである元海軍大将でNATO最高司令官でもあったジェームズ・スタヴリディス氏が日経のインタビューに応じています(2016/8/21朝刊7面)。

「米国は独善的なパワーでいたいと思っているわけではない。世界から離れ、孤立主義に乗るわけにもいかない」「中庸の度合いに立ち位置を取る必要がある。それは適度に強力な軍事力と同盟国の関係強化を意味する」「トランプ氏が口にしているのは全て孤立主義への回帰だ」

 NATO最高司令官だった経歴から、同氏は欧州や日本との同盟を重視しています。基本的には現状を維持しながら同盟関係を強化する路線です。

 トランプ氏の場合は「同盟見直し」になるので、核政策を含めてゼロから日米関係を再構築する路線です(以下、AFP通信「『米国を第一に』トランプ氏が外交方針 日本の核保有否定せず」2016年3月27日)

日本が北朝鮮から自国を防衛する目的で核兵器を保有するのは認められるかとの質問に対し、そうした状況を容認する可能性をにじませた。さらに、日韓両国が駐留経費を大幅に増やさない場合、米軍の引き揚げもいとわない考えを明らかにした。 

※ニューヨークタイムス記事(”In Donald Trump’s Worldview, America Comes First, and Everybody Else Pays” 2016/3/26)では、以下の表現。 

  • He also said he would be open to allowing Japan and South Korea to build their own nuclear arsenals rather than depend on the American nuclear umbrella for their protection against North Korea and China.
  • If the United States “keeps on its path, its current path of weakness, they’re going to want to have that anyway, with or without me discussing it,” Mr. Trump said. 
  • And he said he would be willing to withdraw United States forces from both Japan and South Korea if they did not substantially increase their contributions to the costs of housing and feeding those troops. 

 日本や韓国の核保有を認めうるとしたので、新しい日米関係ができる可能性もありますが、交渉が決裂して米軍が撤退するだけで終わるリスクもはらんでいます。その場合は地域のパワーバランスが崩壊し、次の戦争が始まってしまうかもしれません。

 現時点では日米同盟の維持・強化を明言したヒラリー氏のほうが優勢ですが、トランプ氏の出現は米国世論の重大な変化を反映しているので、日本も、今後、米国が自国中心主義に傾いた時、どのように自国を守るべきかを考えなければなりません。 

USAトゥデーが異例のトランプ批判 

 もう少し政策の中身に関わる議論では、USAトゥデー紙が「トランプ候補に投票しないでくれ」と有権者に呼びかけたことが注目されています。

 日本のメディアは「客観報道」が建前なので、こういうことはできませんが、アメリカでは各紙が支持するスタンスを決めて報道するため、非投票の呼びかけも「アリ」です。今回のUSAトゥデーが異例なのは、創刊(1982年)以来、特定の大統領候補を公に支持しなかったアメリカの最大規模のメディアが、前例を破ってトランプ当選を阻止しようとしたからです。

 USAトゥデー紙は、”Trump is 'unfit for the presidency'”と題して「トランプは大統領に不適格だ」と述べています。

 その中の項目の初めの三つを紹介してみましょう。

 まず、He is erratic.(彼は常軌を逸している)という言葉が目につきます。

”attempting to assess his policy positions is like shooting at a moving target”と述べ、「彼の政策の立場を審査しようと試みるのは動いている標的を狙うようなものだ」と、その変節ぶりが著しいと批判しています。

 そして、”He is ill-equipped to be commander in chief”(彼は最高司令官となる上で準備が整っていない」と述べ、軍を率いる資格なしと断定。民主党だけでなく共和党の元高官等からも支持が得られていないと指摘しています(共和党高官で名が挙げられているのはゲイツ元国防総省)。

 三番目のHe traffics in prejudice(彼は偏見の中で商売している)として、メキシコ批判に始まるトランプ氏の過激な人種批判でのアピールを商売になぞらえました。

トランプ氏、最高指揮官不適任説をどう考える?

  とりあえず、代表的な三つを見てきたわけですが、一番目に関してはヒラリー氏もTPPで態度を変更しているので、必ずしもトランプだけの問題ではないかもしれません。三番目は周知の話なので、筆者としては二番目が気になります。

 トランプ氏は同盟の見直しを明言し、日韓の核兵器保有の選択肢もあり得るとしたことが、伝統的なアメリカの政策に反していると共和党からも批判されたわけですが、これに関しては一考の余地があります。

 なぜかと言えば、大統領は伝統に反した政策も実行できる立場にあるからです。

 ニクソン大統領の米中国交回復等やウィルソン大統領の第一次大戦参戦に始まって、大統領が伝統を破壊して新しい外交・安保政策を打ち出してきた前例があります。古い例をあげればリンカーンの奴隷解放令も戦時中のどさくさに出した政策ですが、国民の支持を受けた大統領が伝統を覆すこと自体は、民主主義の手続き的には問題ないはずなのです(問われるべきは、その伝統破壊の行為の中身)。

 日韓の問題に関して言えば、クリントン大統領の頃から北朝鮮の核問題は何ら解決せず、核ミサイルの開発が実用段階にまで迫っているので、日韓の核による自衛という議論が出てくるのは、軍事的な合理性だけで見ればありえない話ではありません。実際、アメリカと連携するNATO諸国は核兵器をアメリカと共有しており、イギリスやフランスは自前の核兵器を持っているので、大統領候補者が「どうして東アジアでそれをやってはいけないのか?」と述べたのは、出るべくして出た問題提起だと言えるでしょう。

 国際政治学では、ケネス・ウォルツという大家が完全な核不拡散は現実的に無理なので、結局、各国が核兵器をもって自衛し合い、パワーバランスをつくるしかないと述べたこともあります。ウォルツはリアリズムの国際政治の理論家ですが、北朝鮮の核開発が止まらない東アジアでは、この人の理論が当てはまる可能性が出てきているようにも見えます。

 北朝鮮の核開発問題に関して、何ら解決策が見えない以上、米国と同盟国の核政策の問題も、オープンに再議論すべき時代が来たのではないでしょうか。

トランプ氏の「ゲチスバーグ演説」? もしも同氏が当選したら・・・

 トランプ氏は、その後、10月22日にリンカーンが「人民の、人民による、人民のための政府」という名文句を吐いたゲチスバーグの地で当選後の政策を発表しました(10/22)。

 トランプ氏は「変革は、この壊れた体制の外から生まれなければいけないんだ」(Change has to come from outside this broken system)と訴え、当選後の100日計画として、4%の経済成長と2500万人の雇用創出を目標とした十の政策を打ち出しました。

  1. 中間層への減税と税と簡素化:子どもが二人いる中間層の家庭で最大35%分の減税。7段階の税制を3つにし、簡単にする。
  2. 他国に事業拠点を移転するオフショアリングに関する法律を廃止。他国に拠点を移すために労働者を解雇する企業に向けた関税制度を定める。
  3. 官民連携と税制優遇を通してエネルギーとインフラ投資を10年間で10兆円の投資を活性化させる。
  4. 学校選択と教育の機会均等(各地の学校を監視するコモンコア制度の廃止)※トランプ氏は教育は各州に任せるべきというのが持論。
  5. オバマケアの廃止。
  6. 手ごろな価格の児童福祉と高齢者福祉
  7. 不法な移民法の廃止とメキシコ国境に壁をつくるためのファンド創設。
  8. コミュニティの安全の再生:麻薬や暴力に対して、各地の警察の取締りを支援
  9. 国家防衛の再建。防衛費削減を止め、軍事投資を活性化させる。退役軍人への福祉を充実させる。
  10. ワシントンの腐敗を一掃。

(※出所:​DONALD J. TRUMP DELIVERS GROUNDBREAKING CONTRACT FOR THE AMERICAN VOTER IN GETTYSBURG 要旨を筆者訳)

 トランプ氏のサイトを見ると、いちいちページを見るための認証が必要だったり、PDFのダウンロードがしにくかったりと、妙にみづらいのが印象的でした。

 内容自体は、今までに言ってきた話ですが、この十個を並べてみると、メキシコ国境に壁とつくるというプランだけが異様に目を引きます。2番の貿易政策もホラーですが、この政策(7番)は何度見ても、筆者には「映画なのか現実なのか」と目を疑うようなプランに思えてなりません。

 ベルリンの壁を批判し、移民に向けて自由の国をアピールしてきたアメリカでメキシコ国境に壁を築く運動が支持されるということは、「もう、そんな見栄を張ってはいられない」ということを意味しているのかもしれません。

 2番目のオフショアリング批判は、海外生産が活発な企業を狙い撃ちにする政策なので、これが実現したら、アップル社などは非常に困るのではないかと思います。

 福祉政策の中身が分かりにくく、最後の「政界浄化」プランの裏には既存の政治家への敵意も伺えますが、最大の「売り」は一番目の減税政策のあたりなのでしょう。