読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゼロからやりなおす「政治と経済」

政治と経済について、いまさら聞けない知識を整理しつつ、ニュースがよりよくわかるデータを紹介していきます。

よくわかるブラジル経済と政治の仕組み ~人口、産業、GDP、地理など~

f:id:minamiblog:20160925191408j:plain

(夕日に映えるかっこいいブラジル議会の写真:WIKIパブリックドメイン画像)

 ブラジルのリオ市でのパラリンピックも18日(現地時間)で閉会式を迎え、オリンピックから続く一連の催しが終わります(※ブラジルと日本の時差は11時間)。

  ブラジルは日本ともご縁が深い国なので、経済危機に直面したブラジルで南米初の五輪が開催されたことがカンフル剤となって、この国がもう一度、立ち直ることを期待したいものです(ブラジルは160万人もの日系人が住む重要な親日国)。

 とはいえ、意外と日本ではブラジルがどういう国なのかは十分に知られていないかもしれませんので、今日は、改めて、この国のデータを整理してみます。

ブラジルは多民族が共存し合う混血社会

 約2億人のブラジルの人口は世界第5位であり、若年層の割合が高い人口構成が注目されています。

 そして、ブラジルは、生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口層)が総人口の約七割(68.6%、 1億3920万人)を占めています。この世代の積極的な消費と生産が見込めるので、未来の発展が期待されているのです。
 「人」に着目した時に、ブラジルを理解する上で、ブラジルが多民族国家だというのは、非常に大事なポイントです。

 ブラジルは1822年に独立するまではポルトガルの植民地だったので、白人が住みついていたわけですが、その後、アフリカから黒人奴隷が連れて来られました。
 そして、ポルトガルはスペインやフランス、イギリス、オランダとは違い、現地に住むインディオとの混血を進めたので、ブラジルは多様な人種が混じり合う社会がつくられていったのです。
 さらに、ブラジルは、19世紀以降、ドイツやスペイン、イタリア、日本などから移民をも受け入れたので、いっそう多くの人種が共存する社会となりました。
 その意味では、ブラジルの国土そのものが、巨大な人種の坩堝だとも言えます。
 2010年の地理統計院のデータでは、全ブラジル人のうち、欧州系が約48%、アフリカ系が約8%、東洋系が約1.1%、混血が約43%、先住民が約0.4%となっているのです(ブラジル日系人は約160万人)。 
 それ以外に、人種と文化に関わるデータを見ますと、主要言語がポルトガル語なのは同じですが、近年、宗教人口において、大きな変化が起きています(以下、ブラジル日本商工会議所編『現代ブラジル辞典』P146参照)。
f:id:minamiblog:20160918072510j:plain

 全人口に占めるカトリック信者の割合が減り、プロテスタント人口が増え続けているので、今後のブラジルはキリスト教徒が多数を占める国でありながらも、次第にカトリック色は薄れていくのかもしれません。欧米と同じようにブラジルでも同性愛者の差別撤廃が進められ、現在では、宗教施設を除くすべての場において、性的マイノリティであることを理由に不当な扱いをすることは禁じられているのです。

ブラジルの主要産業とは

 経済成長を遂げたブラジルでは貧困層から中間所得層に移る人々が増加を続けてきました。人口を所得別に5段階に分けた時、そのうち中間所得層にあたるCクラスは93年時点では4600万人(31%)だったのですが、この層は01年に9400 万人(53%)となり、2012年には1億900万人(54%)となりました。
 近年のブラジル経済の成長は、こうした中間所得層の拡大に支えられています。
 そして、2015年のブラジルの全GDPを占める産業の比率は、農業(5.2%)、工業(22.7%)、サービス業(72%)でした。

 同じ比率で見ると、10年前の2006年の数値は、農業が5.1%、工業が27.7%、サービス産業が67.2%なので、サービス産業が占める比重が増していると言えます。

f:id:minamiblog:20160918072400p:plain

(出典:世界銀行HPから図表作成)。

 ブラジルは、農業国、資源国、工業国として知られていますが、GDPの構成で見た場合には、サービス産業が占める割合が大きいわけです。
 そのため、ここでは、ブラジルの産業について「農業」「資源」「工業」「サービス産業」という四つの切り口から、その概要を整理してみます。

【農業】

 ブラジルといえばコーヒー豆が有名ですが、それ以外の農産品では、サトウキビとオレンジが世界第一位の生産量を誇り、100%の自給を達成した大豆とトウモロコシを世界に輸出しています。
 ブラジルの気候は多様なので、北部ではナッツやアボカドなどの熱帯性果物、南部では柑橘類、ブドウ類など、幅広い農産物を生み出し、ゴム、ナッツ、ワックス、繊維類等の栽培も行われています
 畜産業では、生産・輸出の両面を見ても、牛肉、鶏肉、豚肉のいずれも世界有数の規模で、世界の食を支えています。

f:id:minamiblog:20160918072625p:plain

(出典:ブラジル日本商工会議所編『現代ブラジル辞典』P103)

 こうしたブラジルの主要産品が生み出された歴史は植民地時代にまでさかのぼります。例えば、国名の由来となった木材のパウ・ブラジルやサトウキビ、綿花、カカオ、ゴム、コーヒーなどが建国以前から栽培されていました。

 昔は単一産品の生産に依存するモノカルチャー経済でしたが、現在ではこれを脱し、多様化と関連産業まで含めたアグリビジネスを発展させることに成功しています。
 輸出用の農業産品が多様化したのは1970年代で、80年代には優遇税制と融資を駆使して連邦政府は農業分野の効率化を図りました。
日本もまた、田中角栄首相の時代に、中西部のセラードにおける大豆の生産支援を開始し、この事業はブラジルが世界有数の大豆生産国となるのに大きく貢献しています。
 それ以外にも、ブラジルはトウモロコシやパルプ等を世界に輸出しています。 

f:id:minamiblog:20160919075902j:plain

ブラジルでの農業の風景。出典はWIKIパブリックドメイン画像。

【資源】

 ブラジルは鉱物資源にも恵まれています。

 鉄鉱石では中国、オーストラリアに次ぐ世界第三位の生産量を保ち、オーストラリアに次ぐ鉱物資源の輸出国です。世界の鉄鉱石輸出量の22%を占め、13年には、そのうち59%を中国に輸出していました(ブラジル日本商工会議所編『現代ブラジル辞典』P97)。
 粗鋼生産量は世界第九位(3390万トン)なので、アメリカ(8820万トン)に次ぐ規模です(前掲書P111)。ブラジルは世界有数の鋼輸出国でもあり、マンガンやアルミニウム、ニッケルなども生産・輸出しています。

 燃料資源に関しては、従来、ブラジルは大量に消費する石油を輸入に依存したのですが、巨大な深海油田が沖合のカンポス盆地とサントス盆地で発見されて以来、海底開発に力を入れるようになりました。この二つの地域のプレソルト(地中の岩塩層の下にある多孔質の岩石層)の中に原油や天然ガスが含まれていることが判明したのです。
 ブラジルは原油の自給を達成し、その生産量は、1548万バレル/日(2003年)から2114万バレル/日(2013年)にまで増加しています。
 燃料に関しては、農産国の強みを生かし、バイオエタノールの開発を進めており(生産量で世界第一位)、ブラジルの自動車の多くはガソリンに25%のエタノールを混ぜた燃料(E25)を用いています。このバイオエタノールとガソリンの双方を使えるフレックス燃料車(FFV)といい、14年時点で、全自動車をFFVが占める比率は84.1%となっています。

【工業】

 ブラジルは農業と資源だけでなく、工業化を進め、近年では自動車やバイク、航空機などの生産額と輸出額を増やしています。

 特に発展が著しいのは自動車産業で、2014年には、中国、米国、日本に次いで世界第四位の自動車販売台数(349万8000台)を記録しました。2004年比で2.2倍となったのです。生産台数で見ても、欧米、日本、韓国、中国のメーカーが進出した結果、世界第八位(314万6000台)となりました(10年間で37%増)(ブラジル日本商工会議所編『現代ブラジル辞典』P107~108)。

 オートバイに関しても、ハイパーインフレが終わった90年代の半ば以降、生産額が21万7000台(95年)から173万4000台(07年)へと急速に発展しました(14年の台数は151万7000台)(前掲書P110)。

 そして、特筆に値するのが商用ジェット機メーカーとして世界第三位のエンブラエル社が主に担う航空機生産です。
 同社は商用旅客機、ビジネスジェット、軍用機を販売し、70~130席のジェット機の納入数では世界の6割を占めました。ブラジル国内で68社のサプライヤーが48000種類の部品を生産しているのです(2014年)

 他には、消費市場の広がりに対応して、電子・電気工業が発展し、その売上高が193億ドル(2002年)から825億ドル(2011年)まで伸びています(14年は653億ドルに減少)

【サービス産業】

 ブラジル経済の7割を占めるサービス産業の内訳は、運送や情報通信、金融、不動産、教育などです。
 ブラジル金融の中心は銀行業ですが、同国は従来、高金利政策を続けていたので、銀行の多くはサブプライムローンへの投資をせず、これが経済危機を乗り切る上でプラスに働きました。ブラジルの主要銀行は、ブラジル銀行、イタウ・ウニバンコ、バンコ・ブラデスコ、バンコ・サンタンデール・ブラジルであり、このうち3行(ブラジル銀行以外)がニューヨーク証券取引所に上場しています。

 また、ブラジルのサービス業を活性化させる上で、90年代に行われた国営企業の民営化を無視することはできません。この民営化にあたっては、欧米系企業から大幅な外資受け入れが進められ、その額は91~02年までの間で421億3400億ドルにものぼります。そのうち、電話通信が172億7000万ドル(41%)を占めていたのです(『現代ブラジル辞典』P93)。
 通信事業はテレブラス社が独占していましたが、この頃に分割、民営化され、スペインやイタリア等の企業が参入しています。

 ブラジルで増加した新中間層はローンを利用して自動車や家電製品などの耐久消費財を購入し、その後、外食や旅行、教育、医療等のサービス分野の消費を増やしました。そのため、GDP統計の中で工業の成長率が落ち込んだ時にサービス業がそれを下支えしたり、雇用を支えたりしています。

ブラジルの地理はどうなっているのか

 産業に続いて、地理について書いてみます。

 ブラジルは日本の約22.5倍の国土を持ち、その面積は約851万平方キロメートルです(世界第5位)。そして、南米大陸の約47.3%を占める巨大な国土は、北部、北東部、中西部、南東部、南部に分けられています。

 まず、その人口と経済力を図で見てみましょう。

※出典はブラジル国家統計局(IBGE)。為替レートは日銀HPに記載された2013年の各月平均値を集計して12で割った値。

【南東部】

 ブラジルの中核都市であるサンパウロ市とリオ市があるブラジル南東部には、リオ・デ・ジャネイロ州とサンパウロ州のほか、エスピリト・サント州、ミナスジェライス州が含まれます。ブラジル全土を占める面積は1割程度ですが、この地域がブラジル全体のGDPを占める割合は5割を超えており、全人口の4割以上の人々が居住しています。リオ州を見ますと、リオ市はサービス業を中心としていますが、州全体では工業も盛んであり、石油や燃料、鉄製品などが輸出されています。ただ、不況で税収が落ち込んだリオ州にはオリンピックの負荷が重く、約5700億円の財政赤字を抱え、五輪開催のために政府の支援を乞うているのが現状です。

 ミナスジェライス州は宝石の産出地であり、イタビラやサミトリなどの鉄鉱石の産出地があります。同州に拠点を持つ有名企業としては、世界で一、二を争う鉄鉱石生産会社のヴァ―レやパルプ専業メーカーのセニブラ社などが挙げられます。エスピリト・サント州では、石油化学工業がさかんで、2000年代には同州沖合の海底で推定埋蔵量六億バレルの重質石油鉱床が発見されています。

 ブラジル南東部が経済的に秀でていることは、サンパウロとリオデジャネイロのGDPの大きさやブラジル主要都市の中を占める南東部の都市の数を見ると分かります。

※出典はブラジル国家統計局(IBGE)。為替は2013年平均で概算。

【南部】

 南部には、パラナ州、サンタ・カタリーナ州、リオ・グランデ・ド・スル州があります。パラナ州はブラジル内でサンパウロに次いで日系人の多い州で(約15万人)、有名な「イグアスの滝」やブラジルの2割の電力をまかなうイタイプー水力発電所があります。また、サンタ・カタリーナ州にはドイツ系やイタリア系など、ヨーロッパの人々が数多く住んでいます。

 リオ・グランデ・スルの州都ポルトアレグレは、サンパウロより南のブラジル経済の中心地で、ドイツ系などのヨーロッパ系の人々が数多く住んでいます。この市の後背地には、南アメリカの草原地帯パンパの北端にある農牧地帯が広がっています。

【北部】

 北部には、アクレ州、ロンドニア州、アマゾナス州、ロライマ州、パラ州、アマパ州、ロライマ州、トカンチンス州の8州があります。季節は年間を通して温暖で(乾季と雨季がある)、全面積の46%を占めるこの地域には、アマゾンの熱帯雨林が広がっています。この「中央アマゾン保全地域群」は世界遺産に登録されており、アマゾンの熱帯雨林によって、地球の酸素の3分の1が生み出されています。
 かつて、ブラジルでは熱帯雨林が伐採され、土地が貧困層に分配されたり、水力発電所の建設が進められましたが、現在は伐採が法律で規制され、衛星からモニタリングが行われています。この衛星技術に関しては、日本も協力しているのです。

 この北部地域の大きな都としては、アマゾナス州の州都マナウスがあります。マナウスでは税制減免が受けられるので日系企業も多いのですが、ジャングルの中央にあるため、流通経路は空路かアマゾン川を通る水路でのどちらかになります。そのほか、アマゾン川河口にあるパラ州の州都ベレンも主要都市の一つです。

f:id:minamiblog:20160919194434j:plain

アマゾン流域にあるマナウス市。出典はWIKIパブリックドメイン画像(サイズ加工・トリミングしてます)

【北東部】

 北東部は、マラニョン州、ビアウイ州、セアラ州、ペルナンブコ州、リオ・グランデ・ド・ノルテ州、パライバ州、アラゴアス州、セルジッペ州、バイア州から構成されています。この中で大きな経済力を持っているのは、バイア州、 ペルナンブコ州、セアラ州です。この地域は近年まで貧しい地域と見られていましたが、サンパウロなどの南東部から新たな工業立地帯として着目する企業が増え、バイア州やペルナンブコ州などの港湾工業地帯に投資が進み、石油製錬や化学、造船や自動車等が盛り上がりました。
 気候は一年中、日本の夏と同じぐらいの暑さで、多くの観光客が美しいビーチを目当てにやってきます。自然にも恵まれており、大西洋上のフェルナンド・デ・ノローニャ島(ベルナンブッコ州)と、ロカス環礁(リオ・グランデ・ド・ノルテ州)は、世界遺産に指定されています。

【中西部】

 中西部には、ブラジリア連邦直轄区と、ゴイアス州、マットグロッソ州、マットグロッソ・ド・スル州があります。直轄区にある首都ブラジリアは、1956年に就任したジュセリーノ大統領が内陸部の開発を目的に建設した人工都市で、60年に遷都が行われました。それ以前の首都であるリオ・デ・ジャネイロへの人口や富の集中が懸念され、平原の中央にあるブラジリアが首都になったのです。

 夏は高温多湿となり、冬は乾燥する中西部には、一見、サバンナにも似た平原が広がっています。ブラジルの高原を中心にして、日本の5.5倍ほどの乾燥地域があり、ここがセラードと呼ばれているのです。セラードでは、イネ科の植物に覆われた乾燥した草原にコルク質の灌木が茂みをつくっており、かつては不毛の大地と見なされてきました。しかし、20世紀後半に植物学の研究が進み、農地利用も可能だということが判明し、田中角栄政権の頃に日本の協力を得て、開発を進めていったのです。
 当時は、世界的な不作で穀物相場が暴騰し、アメリカが大豆を禁輸したので、穀物輸入をアメリカに依存していた日本は、輸入先の多角化に迫られました。その時、セラードが日本への大豆供給の拠点となることが期待されたのです。今では、セラードでブラジルの主要な輸出品目である大豆やトウモロコシなどの穀物がつくられ、世界各国に輸出されているので、この協力事業は日本とブラジルの友好関係を築く上で、非常に重要な役割を果たしました。

 それ以外の大きな出来事としては、この地域で、2010年にマットグロッソ州政府がボリビア国境近辺のミラソルドエステ市でブラジル最大規模の鉄鉱石鉱床を発見したことが挙げられるでしょう(推定埋蔵量110億トン、鉄鉱石の鉄分含有率は41%)。

 観光面を見ると、首都ブラジリアの建築群やゴイアス州にある「ゴイアス歴史地区」が世界遺産として認定されています。

f:id:minamiblog:20160925191735p:plain
(ブラジルの国章:出典はWIKIパブリックドメイン画像)

ルセフ大統領の弾劾・罷免の顛末

 元をたどれば、原油価格の下落や中国経済の低迷の影響を受け、ブラジルの名目GDPは2兆4657億ドル(2013年)をピークに、1兆7747億ドル(2015年)まで下がりました(世界銀行HP)。経済危機に対して、14年末の再選後に有効な対策を打てないルセフ大統領への不満が高まります。

 そして、原油の生産と輸出に関わるペトロブラス(国営)が政府に水増し請求を行い、そのお金が与党政治家やルセフ氏の選挙参謀に流れたと報じられ、政権支持率が急落します。15年末に下院で弾劾の手続きを巡る議論が始まったのですが、その手続きは政府が粉飾決算をしているという理由で開始されました。

 国の会計では、公共事業や防衛、教育、福祉などの費用を、借金なしでどれだけ賄えるかを計る「基礎的財政収支」(プライマリーバランス)という指標が重視されますが、この数値をよく見せるために、政府が歳出の一部を政府系金融機関に肩代わりさせたことが、粉飾決算にあたると批判されたのです。

(これに関しては、15年10月に連邦会計裁判所が議会に会計報告を承認しなかったので、政府は政府系金融機関に対して、該当する金額を清算しています) 。

 その後、16年には連立政権からテメル副大統領が属するブラジル民主運動党(PMDB)が離脱しました。513議席から成る下院では、最大与党である労働者党(PT、ルセフ氏が所属する)でも100議席に満たない状況が続いているので、この離党は大きな痛手になりました。

 ブラジルは比例代表制(非拘束名簿式)で議員を選ぶために、国民の投票先は多様な政党に分かれ、議会では数多くの中小政党が勢力を競い合っています。そのため、ある政党が大統領候補を出しても、自党の力だけで当選させられないため、他党に協力を仰がざるをえません(協力して候補者を出さない政党には閣僚の地位を約束する等の見返りが必要)。

 こうした体制では、当選後も、大統領には議会との連携が必要なので、主要政党のPMDBが連立から抜けると、議会運営は収拾がつかなくなります。PMDBが与党から抜けたのは、この弾劾手続きが進行する真最中でした。そのため、PTと他の与党支持者はPMDBに対して、「クーデターだ」と批判し、両者の抗争が激化します。

 ブラジル政界では、労働者党(PT)は左派、ブラジル民主運動党(PMDB)は中道勢力に位置付けられ、テメル氏が正式に大統領となれば、同じく中道勢力のブラジル社会民主党(PSDB)と手を組むと見られています。この弾劾裁判の背景には、労働者党(PT)とブラジル民主運動党(PMDB)の勢力争いがあるわけです。 

 本年の4月17日に下院が大統領への弾劾を可決し、その後、上院で弾劾裁判所が設置されました。最高裁長官を議長とした弾劾裁判により、5月11日にルセフ大統領は職務停止となったのです(テメル副大統領が大統領代行)。ここから180 日以内に実施される最終投票(3分の2以上)が、このたびの最終段階になり、ルセフ大統領はブラジル時間で8月31日(日本時間9月1日)に失職しました。

失職したルセフ氏はどんな人?

 ところで、治世の良し悪しが問われたルセフ元大統領はどんな人なのでしょうか。

 ルセフ氏の本名は、ジルマ・ヴァナ・ルセフといい、1947年に、ミナスジェライス州ベロオリゾンテ市にて、ブルガリア移民の父とリオ・デ・ジャネイロ州出身の母(ブラジル人)の子として生まれました。
 16歳の時に軍事政権に対抗してゲリラ闘争に参加し、政府転覆を計った罪で1970年から約3年間、サンパウロ刑務所で服役しています。若い頃は激しい政治運動に身を投じ、離婚と再婚を繰り返していました。
 釈放後、ポルト・アレグレに移住し、リオ・グランデ・ド・スル大学で経済学を修め、1975 年に同州にある経済統計財団(FEE)に入ります。そして、1979年に民主労働党(当時)の立上げに加わり、1986年にポルトアレグレ市の財務局長に就任。その後、リオ・グランデ・ド・スル州の FEE 長官、鉱山・エネルギー通信長官を歴任しました。 2000年に民主労働党(当時)が労働者党と合流しますが、ルラ氏が02 年の大統領選で当選した時に、ルラ政権のメンバーとなったのです。

 

f:id:minamiblog:20160919075207j:plain

1970年のブラジルの切手はこんな感じ。出典はWIKIパブリックドメイン画像。

影響力が大きかったルラ大統領

 ルラ氏は、北東部の貧しい家に生まれ、旋盤工から大統領になったので、ブラジリアン・ドリームを体現した人物とみられています。
 ルラ氏は、左派勢力を支持基盤に取り込み、「飢餓ゼロ計画」(貧困対策)を進めましたが、急進的な社会主義政策(企業国有化、土地を持たない農民への農地分配等)は行わず、中道左派の路線を選択しました。
 この時代に行われた所得の再分配や経済成長がもたらす雇用増により、中間層は38%(2002年)から60%(2014年)まで拡大し、この時にルセフ氏も閣僚の一員として重要な役割を果たしています。
 ルセフ氏は資源国ブラジルにとって重要な鉱山・エネルギー大臣と文官長(日本で言えば官房長官)を務め、貧困層に子供を通学させる義務を課し、給付金を分配する「ボルサ・ファミリア」などを推進しました。

 こうした経済成長の時代に、ルラ大統領は独自路線の外交(03年の世界社会フォーラムと世界経済フォーラムへの参加など)を進め、ブラジルをロシア、中華人民共和国、インドに並ぶ新興国の一角として認めさせることに成功したのです(09年以降、BRICs首脳会議を開催し、世界への影響力を強める)

 汚職などのスキャンダルもありましたが、ルラは独自のカリスマ性で支持者を維持し、二期八年の任期を全うします。そして、ルセフ氏がルラ大統領の後継者として選ばれたわけです。
 ルセフ氏は2010 年の大統領選に労働党から出馬し、ブラジル初の女性大統領となりました。ルセフ時代にもブラジル経済は成長を続けましたが、14年以降、景気後退が進み、近年のスキャンダルなどもあって、支持率が下がっていったのです。

ブラジルの政治の仕組み

 このように、ブラジルは大統領制の国です。大統領制は軍事独裁に転落するケースも多いのですが、ブラジルでは民主主義が根付き、一定の秩序が保たれた政治が続いています。ブラジルでは軍政から民政に移管した1985年以来、クーデターなしに平和裏に政権交代が行われてきました(憲法公布は88年)。

 しかし、ブラジルの大統領は選挙で幾つもの中小政党に支持を乞わざるをえず、そのために地位や利権が利用され、腐敗が生まれやすいとも言われています。

 こうした政治の仕組みは、どのように運営されているのでしょうか。

 ブラジル憲法(1988年公布)では、行政、立法、司法の三権分立が定められていますが、その要所を、「大統領」「議会」「連邦制度」「裁判所」という切り口で整理してみます。

※ブラジルでは、4年に一度、10月に総選挙が行われ、大統領、国会議員、州知事、州議会議員が全て決められる。2年間隔を開けて、市長と市議会の選挙が開催される。

【大統領】(行政府)

 共和国大統領は元首として国家を代表し、行政府の最高職として閣僚の任免権やブラジル軍の指揮権を持っています。任期は4年(副大統領も4年)で1回の再選が認められています。選出法は国民の直接選挙で、第1回投票で有効票の50%以上を獲得する候補者がいない場合には、二回目の決選投票が行われます。
 国務大臣は議会の委員会に召集されますが、三権分立が定められているので、大臣は議会ではなく、大統領に対して責任を追い、大統領は大臣をいつでもクビにできます。

 ブラジルの大統領には特別令を出す権限があり、大統領がこれを署名して官報に載せれば、議会の承認なしに臨時措置を実施することができます(臨時措置令)。60日以内に議会の追認を得さえすればよく、サブプライムショック後の迅速な不況対策は、この権限を基にして遂行されました。そのほかには、国家予算案の決定権があることが、他国の大統領制との大きな違いになっています。

 f:id:minamiblog:20160919075422j:plain

ブラジル国民会議の画像。出典はWIKIパブリックドメイン画像。

 【議会】(立法府)

 ブラジルは二院制を取っており、国会は上院と下院から構成されています。
 513名の下院議員は各州とブラジリア連邦直轄区から選ばれ、任期は四年です。
 各州の定員は人口比から算出され、全有権者の直接選挙で選ばれます。
 いっぽう、81名の上院議員は各州と連邦直轄区の定員が「3人」と定められています。そして、任期は8年で、4年ごとに定員の3分の1もしくは3分の2を改選するのです。
 議員の再選に関しては、両院とも制限はありません。

 立法に関して上院と下院は対等の権限を持っており、議決に必要な議席数などは同じです。憲法改正案には総議員の5分の3、補足法は総議員の絶対過半数、通常法案であれば、出席議員の過半数の賛成が必要です。これらの案に修正がかけられた場合、議案の提出元の議会にそれを受け入れるか否かの決定権があります。
 そして、大統領には法案の拒否権がありますが、拒否権は両院総議員の絶対過半数の議決で覆せる仕組みになっています。

【連邦制度】(連邦政府と各州の関係)

 ブラジルの連邦政府には、大統領府と24省9庁があり、ブラジル中央銀行をはじめとした5つの機関を持っています。大臣や長官、政府機関の総裁は大統領に任命され、その任期は4年です。
 そして、この連邦制は26州と首都ブラジリアの連邦直轄区で構成され、立法・行政・司法の三権の各分野で、連邦政府の権限と州の権限とが明確に分けられています。そうしないと行政が重複したり、両者の判断の矛盾が生じたりするからです。
州は独自の憲法をもち、連邦法にふれない範囲で州法を制定できますし、連邦憲法では、非常事態を除いて州の権限を冒してはならないと定めています。
 各州の最高職である知事は直接選挙で選ばれ、過半数に満たない場合は二回目の決選投票が行われます(任期4年で再選は一度のみなので、基本的に大統領と同じ方式)。
 そして、各州の中には市(ムニシピオ)があり、住民に密接な地方自治に関わる案件を取り扱っています。市長の選出方法は知事と同じです。

【裁判所】(司法府)

 ブラジルの司法には、連邦裁判所の一般法廷(連邦関連の事項を扱う)と特別法廷(選挙・労働・軍事を扱う)、連邦以外の事案を扱う州裁判所があります。
 連邦最高裁判所は憲法問題や大統領、国会議員に関わる事案を扱い、その下にある連邦高等裁判所、連邦地域裁判所、州高等裁判所、州裁判所などで他の事案を扱っています。裁判の過程は事案によって違いますが、第一審に不服がある場合は、控訴や上告を行い、一段上の裁判所に移行するわけです。
 連邦最高裁判所(11名)と連邦高等裁判所(33名)の判事は、連邦上院議会の承認を受けて、大統領が任命します。